黒いやつ
ヒルパートへ向かう途中にふと考えた。さっきの盗賊、悪者顔だったしお宝も持ってたし賞金首になってたから間違いないんだけど、もしかしたら他人だった可能性もあるわけだ。あのやり方はダメだな……大々的に大騒ぎしながら攻め込んで、襲いかかってきたところを返り討ちにしないと。なんとなく、元の世界の時代劇、者ども、であえい、であえいなシチュエーションを思い出した。やってみたい。どんな剣豪でも数十人対一人では勝てないのに、時代劇の主人公はいつも無傷で勝つ。魔法で強化された今の俺なら同じことができるだろうか。
キャッスルヒルパートのベースとなっている古城は城というよりも、屋敷に近い。石造りの三階建てだ。もっとも、ダンジョンは地下に展開されていて、建物部分は使われていない。冒険者がキャンプに使うこともあるそうだが、たまにダンジョンから上がってきたモンスターに寝込みを襲われるため、都合が良くないんだとか。
その代わりに、ヒルパートから少し離れた空き地がキャンプ場になっている。普段はテントが並び、焚き火の煙が何本も立ち上っていて、露天商が出ている。何人もの、パーティからあぶれた冒険者やサポーターが雇い主を探す。今日は誰もいない。みんなトロールケイブに行ったのだろう。
俺はヒルパートに入り、地下一階に進んだ。壁に松明が掲げられている。フォートモーラーでもそうだった、誰かがメンテしているのだろう。俺もささやかながら協力したくなったので、光量を抑えた光る石ころを放り投げながら歩いた。一ヶ月くらいは光り続けると思われる。
地下一階は、真っ直ぐ廊下が伸びていて、左側に部屋がいくつも並んでいる。部屋には、石の壁を繰り抜いただけの窓がある。石の格子が嵌めてある。廊下を歩いていると中が見える。当然向こうからもだ。そもそも扉がない。扉があった形跡はあるが、どの部屋も壊れてなくなったようだ。
壁は黒く、ジメジメしている。所々に血が染み込んでいる。石壁の割れ目に虫やネズミが住んでいるようだ。辺りはカビ臭い。微かに何かが腐ったような異臭もする。
部屋の一つに大オオカミが二匹いた。襲ってくるか、好かれるかと思ったら無視された。どっちつかずなんだろうか。
廊下は五十メートルくらい続き、突き当りに下への階段があった。
階段を降りると、同じ廊下と部屋が逆方向に配置されていた。団地タイプだ。ここからは松明がなくて真っ暗なので、光る石ころをシュートで飛ばしながら進む。遠投するのに、振りかぶらなくていいので楽だ。
三つ目の部屋からトゲオオカミが三匹襲ってきたが、パンチとキックでやっつけた。トゲオオカミは大オオカミと違って仲良くはなれなそうだ。まあ、動物じゃなく魔獣だし。そういえば大オオカミは魔獣なんだろうか? 仲良くなった奴らは動物なのか? ダンジョンに住んでいるがその辺どうなんだろう。
七つ目の部屋には大イノシシがいた。走ってくるのをカウンターの正拳突きで倒した。猪肉が欲しかったので好都合だ。こいつも魔獣なんだろうか? 美味しく召し上がるつもりだが、大丈夫だよな。もしかして仲良しするために駆け寄ってきたんだろうか? ちなみにプロテクションの集中が甘いせいで俺の右手首は折れた。無茶はやめて次からは剣で戦おうと思う。
地下三階は少し様子が違った。部屋の反対側が、地下四階との吹き抜けになっている。団地っぽい。
吹き抜けから大コウモリが襲ってきた。デカい。バサバサ音がする。そういえばオオコウモリって元の世界に普通にいたよな。こいつは大オオコウモリか。もしかして、デカく見えるけど普通のオオコウモリなのかも知れない。手に持ってた光る石ころをシュートで飛ばして撃退した。一撃だ。四階に落ちていった。
ここは普段は冒険者たちで賑わっているのかな。なんかちょっと寂しいな。ペプと一緒に行くわけにもいかないし。いや、そろそろ出しても大丈夫かな。ちょっとずつ慣らそうかな。
少し歩くと部屋からトゲオオカミと大イノシシが出てきた。今度はストレージショットと剣で倒す。プロテクションの剣は大イノシシでもサクサクだ。
大イノシシにはなぜか好かれないっぽい。動物に見えるが魔獣なのか?
トゲオオカミの角やトゲが何に使えるのか分からないが、ギルドで買い取ってもらえる。大イノシシは食料や毛皮になる。上層でもこれだけモンスターが出てくればかなりの稼ぎになるな。まあ、効率よく倒して持ち帰れればの話だが。
四階に降りると、ヤツがいた。黒くて嫌な昆虫だ。しかもデカい。ミニチュアダックスフンドを平たくしたような大きさだ。三匹が床の一箇所に固まってる。発狂しそうだ。俺はストレージから矢を撃って、さらにファイアボールで焼いた。煙が出た。何しろ油の虫だ。すげえ燃える。失敗か。急いで煙から逃げる。昆虫が燃えた煙なんか浴びたくない。特に黒いやつは。次回からアイスで凍らせようか。それも永久に固まってるわけじゃない。絶対にストレージには入れたくない。けど、凍らせてストレージに入れるのが一番マシか。
ボンドの魔法はないか? 地面にくっつけて動けなくさせたい。まあ、そんなのはフィクションでも聞いたことがないが。土魔法にセメントの魔法はないだろうか? 土魔法ってガラス瓶を作れることしか聞いたことがない。ブラインドは土魔法ではなかったし。謎だ。
昆虫もモンスターの死体もいい肥料になるはずだ。真空乾燥して畑に撒けばいいのかな? エリックに聞いてみようか。黒いやつを畑に撒くのは気が進まないが。
とりあえず焼けた死骸は放っておいた。こういうのが黒い昆虫の食糧になるんだろう。消したい。毒を仕掛けようか。俺は毒の瓶を開けて死骸の上に撒いた。ジュッと音がする。黒いやつが毒餌を食べて巣に持ち帰ってコロリと死んで、他の仲間も毒でやっつける魔法はないか? 毒魔法だろうか。毒魔法ってのはこの世界じゃ聞いたことないな……。
少し進んで、大オオコウモリの死体を探したが見つからない。当てた石は落ちてた。生きてても飛べないと思う。他のモンスターが咥えて逃げたんだろうか?
地下五階に降りると、部屋がない廊下になっていた。天井が高い。さっきの吹き抜けと同じ高さがある。アーベルが言ってた、天井に剣が届かないってここかな? そうするとここに蜘蛛がいるわけだが。
ここは暗闇ではない。壁についた何かが光っている。近づいてよく見るとコケのようだ。ヒカリゴケか? ヒカリゴケって実は生物発光ではなく、光を反射してるだけってテレビで見た気がする。するとこれは別のものか。
俺はなにげなく、ヒール水を降りかけてみた。するとコケは光を強くし、広がっていった。
——おもしろい!
俺は壁の上方からヒール水を垂らしたり、口に含んで霧吹きのように吹いてみたりした。ヒール水をかけた箇所にコケが広がり、光る。こいつはリアルヒカリゴケと呼ぼうか。
ふと、背後に何かの気配を感じた。振り向くと、真っ黒い蜘蛛が今まさに飛びかかろうとしていた。ブルドッグくらいの大きさだ。全身が短い毛で覆われている。俺の首の後ろの毛が逆立ってチリチリと音がした気がした。
——矢!
飛びかかってくる蜘蛛にストレージショットが決まった。危なかった。超キモい。
他にも何匹かいるような気がする。俺は最大光量の光る石ころを放った。やっぱり天井にもいる。こんなデカいのによく張り付けるな。
以前にゾンビの件で遭遇した、巣を張るタイプの蜘蛛と違って、こいつらは獲物に直接飛びかかって捕食するタイプの蜘蛛のようだ。タランチュラかな? 毒を持っているかも。
襲われたくないというよりも触られたくない。俺はストレージショットの矢で全て撃退した。しかし、あとからあとから出てくる。合計十八匹を矢で仕留めた。柔らかかったので助かった。矢が刺さらなかったら火を撃ちまくってただろう。
試しに一匹を生きたままシュートで飛ばそうとしてみたがダメだった。ストレージと同じ仕組みなのか、生物はダメっぽい。
蜘蛛地帯を抜けると、丁字路に突き当り、分かれ道になっていた。右か左か。判断材料がない。こういう時は秘技右手の壁伝いだ。
この階層は地下牢そのものだ。進んでいくと左右に牢がある。鉄格子が嵌っているが、扉が開いているので中のモンスターが襲ってくる。
最初に襲ってきたのはカマドウマだ。しかもデカい。ベビーカーくらいある。汚れた白色で脂ぎっている。脚から触手のようなトゲみたいなものが生えている。こいつは通常の大きさのやつでも、黒い昆虫の次に大嫌いだ。それのでかいのがいきなり飛びかかってきた。
——マジか!
かろうじて避けた。地面に手をつくのが嫌でよろけた。虫は俺の頭より高く跳んで、ザシュッと、聞いたことのない音で着地した。
——矢!
十発撃って殺した。昆虫の甲殻が使えると聞いたが、ボロボロになってしまった。やりすぎたか。こんなの持ち帰りたくないが。しかし別の昆虫の餌になってしまうから持って帰るか……。
振り返ると、数匹のカマドウマが集まっていた。ムカデや黒いやつも混じっている。俺は驚いて飛び上がった。そして叫んだ。叫びながらマジックアローを一斉掃射した。叫びはいつしか咆哮に変わっていた。
ストレージから撃ち出すマジックアローは何発撃ってもマナの消費がないのに、ものすごい疲労感だ。飛び散った虫の死骸がそこらを埋め尽くしている。申し訳ないが掃除する気になれない。先に進む気もなくなったので帰ることにした。
四階から三階までは梯子で上った。二階にトゲオオカミがいた。行きで見つからなかったのかリポップしたのか。矢を撃って殺した。
一階の大オオカミは二匹とも、行きと同じ体勢で寝てた。俺が通ると片目を開けて、興味ないねとばかりにすぐに閉じてまた寝た。
近くの森に入って、ハウスに入った。
「ペプ、大変な目にあったよ」
「ナア……」
俺は首や背中がぞわぞわするので風呂に入った。ペプに側にいてもらった。お湯につかりながら、歯を磨き、オレンジを食べた。歯は歯ブラシがないので、塩と布で磨いている。たまに消毒魔法をかけている。
風呂から上がってリクライニングチェアーに落ち着いた。さっきのあれを夢で見そうだ。
今日は酒は飲まずに、自分スリープをかけて眠った。




