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再び牢屋

 目が覚めると牢屋の中にいた。入れられる理由がないから自信がないが、鉄格子があるから多分、牢屋だ。



 今回は鉄格子の扉が閉められて鍵がかけられている。出られない。窓がないので夜なのか昼なのかわからない。地下牢かな?


 俺を襲った連中、まあだいたい分かる。フライターク伯爵の下僕だろう。ローブを着ていた男がビクターか。じゃあここはフライターク伯爵の屋敷か。襲われた場所から距離が近いし、ほぼ間違いないだろう。


 それにしても、この世界にもスリープの魔法があるのか。物理法則に従ったような魔法ばかりなので、精神魔法は無いのかと思っていた。魔法書にも書いてなかったし、ヴァレリウスも教えてくれなかった。魔術師ギルドも知らない秘術?



 俺の知識では、スリープはあまり有用な魔法ではない。敵が複数現れたときに敵全体を眠らせておき、一匹ずつ相手にする。しかしバカなパーティメンバーは眠ってる敵に攻撃して起こしてしまい、スリープが無駄になる。起きている敵から攻撃すればいいのになぜか寝てる敵を殴って起こす。そういう残念な魔法だ。それを食らってこのざまだ。



 さて、檻の外を伺ってみる。左右は廊下が続いている。どうやらこの牢屋の右も左も牢屋のようだ。左の方に見張りがいるような気がする。そうするとそっちが出口か。


 石造りの壁で囲まれた小部屋の入り口に鉄格子の扉が固定されている。扉は溶接されているわけではない、これなら余裕だ。俺は扉をストレージに吸い込んで、入り口から頭を出して外を確認してみた。見張りが椅子に座って寝ている。つまり見張ってない。


 目を瞑って、頭の中のストレージハウスの様子を見てみた。ペプが丸くなって寝ている。こっちは問題ないようだ。


――ごめんなペプ、脱出して安全なところにいったらごはんをあげるからな



 外に出た。鉄格子の扉は元に戻しておく。そして寝ている見張りの側を通って、階段を上った。そこはそのまま外へ出れるようになっていた。まだ暗い。闇に紛れて歩いて行った。思った通りここはフライターク伯爵の屋敷だった。捕らえられていた場所は離れの地下牢のようだ。屋敷の離れに地下牢を作るって完全に思考が悪者だ。ゾンビ騒ぎは下僕の暴走ということではなく、伯爵の仕業のようだな。


 屋敷の壁は、壁に一蹴りして駆け上がって越えた。以前は、というか俺がガキの頃もこんなことはできなかったが、身体能力が超絶に上がったので、できるようになった。やり方は昔見た香港の映画スターを真似た。


 王宮区画の壁も同様に乗り越えた。そのまま西門から出て、森に入りハウスに入った。


「ペプ、さみしかったか?」

「ナア」


 俺の無事を喜んでくれているのだろうか? まあ、ピンチだったことも知らないと思うが。ピンチだった?


 寝てる間に殺されてゾンビにさせられる可能性もあったわけだ。確かにピンチだったな。脱出は余裕だったけど。お気に入りのコートにはプロテクションが効いてて刃物は刺さらないはずだが、脱がすことはできるし、コートの無い部分、首や頭は生身だ。普段は魔闘気でガードしているが、寝てしまうとおそらく消えるだろう。これは怖い。



 俺は顎をひとしきりペプに舐めさせた後、IDEを開いた。腕輪、いや指輪がいいかな。宝石が付いててマナが充分に充填できるやつ。盗られないように地味なやつがいいか。うーん、今度ピアスを開けよう。今は宝石がついた指輪に、プロテクションを二倍にしてエンチャントして、効果範囲を全身にした。これでまたつけるアクセサリーが増えた。チャラい? ピアスにしたらもっとチャラくなる。


 新しい指輪は右手の中指につけるようにした。もう一つ、左手薬指の結婚指輪、一生はずすことのない指輪にプロテクションをエンチャントした。小粒だが本物のダイヤモンドが付いている。マナ充填量は充分なはず。妻のことを思い出した。妻は、パクチーを始め、パセリや大葉やカイワレや豆苗などが好きだということをふと思い出した。俺はそういう草っぽい野菜は好きじゃないので、今も全然食べてない。もしかしたら妻は俺よりもこの世界に向いてるかもな。呼ぶ気はないが。



 IDEを閉じようとしたときに気がついた。呪文エリアにアイコンが増えてる。Zzzってアイコンだ。コードを見てみると、スリープって書いてある。魔法準備、マナを睡眠素子に変換、体外に集積、発射、というプロセスになっている。ちょっとヒールに似ている。魔法を作ればヒールも発射できるってことか? 俺は魔法が使えないけど。


 ヒールと同じ様に、体内にスリープエネルギーを作ることはできるだろう。これってもしかして、眠りたいときにすぐ眠れるのか? すげえ! 元の世界にいたときに欲しかった。もちろん今も役に立つ。もうすぐ朝なので今晩にも試してみよう。


 朝のルーチンをこなす。一日ぶりだ。空気の入れ換えは怠るとまずい。できればサーキュレーターで空気を回したい。しかし風魔法が手に入らない。



 日が昇ったのでペプと一緒に停車場へ向かう。スパーは今日もお休みだ。露店も開いていない。早朝から待機していた辻馬車をチャーターした。乗合馬車に比べて割高だが金はある。昨日、金貨五十枚儲かったし。一人と一匹で丸一日貸し切りにした。



 魔術師ギルドに着いた。いつものギルドホールの隣、隣接した建物が魔術師ギルド員の練習場兼宿泊施設になっている。火が燃える音、何かが弾ける音が聞こえる。これから練習をしようとしていたらしいエミリーを見つけた。


「タクヤさん、今日は早いですね」

「急ぎで知りたいことがある。ヴァレリウスに会いたい」


 ギルドホールで待っていると、エミリーがヴァレリウスを呼んできてくれた。


「タクヤ、どうした?」

「フライターク伯爵に攫われた」

「誰が?」

「俺だ。屋敷の地下牢に捕らえられたが、逃げてきた」

「それは……大変だったな。大変だったのか?」

「そうでもないんだが、魔法で眠らされた。次は眠らされないようにしたい。どうすればいい?」


 エミリーが納得した顔で言う。


「そういうことなんですね。タクヤさんが捕まるなんておかしいと思いました」

「面目ない」


 ヴァレリウスが確認する。


「スリープの呪文で間違いないな?」

「ああ、間違いない」


 言ってから気づいたが間違いない根拠は秘密だ。っていうか、知ってるのか。


「精神魔法のレジストには何通りか方法がある。一番簡単なのはマジックアイテムで防ぐことだ。アーティファクトでそういうものがある。だが、入手は難しいだろう」

「アーティファクトって何だ?」


 やっと聞けた。


「アーティファクトとは、古代にこの大陸に住んでいたハイエルフが製作したマジックアイテムのことだ。現代では再現できない魔法効果が付与されている物が多い」

「なるほど、魔法をレジストするアーティファクトが存在するわけだ」

「国王が身につけている。どのアイテムかは機密だから言えない。定期的にギルド員がマナの充填をしている」

「なるほど」

「精神魔法は目には見えないが、実際のところファイアショットやマジックアローと同じく、魔法を射出している。要はそれを防げばいい。目に見えないので難易度は高いが、呪文を唱えられたら魔力をスプレー状に放射してガードする。攻撃魔法はこれでは防げないが一般的な精神魔法なら効果がある」


 ちょっとまて、俺は魔法が使えない……。


「または、単純に避けるという方法もある。だが、精神魔法は軌道が見えない。確実に防ぐのは難しいだろう。他には、体内の魔法効果を打ち消す方法がある。この方法はスリープの場合には難しい。なぜなら魔法効果を感じると同時に眠ってしまうからだ。しかし原理としては他の精神魔法と同じだ。体内でマナをぶつけて打ち消す」


 速効寝たからなあ。これは無理だろう。


「最後の方法は難易度が高いが、もしできれば全ての精神魔法をレジストできる。やり方は、体内のマナを頭の中で高速に循環させ精神魔法を弾く。この方法は文献には残されているが実現できた者はいない。タクヤは、マジックアイテムを探すか、魔力放射で防ぐ方法を身につけるのがいいか。しかし魔法が使えないのだったな。体術で躱すしかないか」


 魔力放射って、そのシチュエーションじゃストレージショットで敵を倒す方が早そうだ。っていうか、最後のレジスト法、できる。


「最後の方法がいいようだ。試しにかけてくれ」


 ヴァレリウスとエミリーが驚いている。いや、額の真ん中のチャクラから出たマナをつむじ風のようにぐるぐる回すだけだろ? マナも減らないし。


「タクヤさん、かけますね」


『#####スリープ』


 何か頭に飛んできたのを弾いた。


「全然平気だ。もっと打ってくれ」


『#####スリープ』


 また弾いた。


「余裕だ。もっとくれ」

「もういいでしょう……」


確かに。


「タクヤ、君はすごいな。魔法が使えないのではなかったか?」

「うむ、使えない。しかしこれはできるようだ」

「ふむ、興味深いし心強い。魔族の件が片付いたらやり方を教えてくれ」


 っていうかこの人たち、精神魔法が使えるのか。


「人を簡単に操ることができる精神魔法は禁呪なのだ。周辺国でも全てそうだ。存在自体を隠す決まりになっている。才能があれば習得は容易だ」


 なるほど。


「精神魔法対策は完璧ですね。伯爵はどうするつもりです?」

「さしあたって脅威はなくなった。眠らなければ何人に囲まれても対処できるだろう。しかし、今回の実行役のビクターは放っておけない。放ってはおけないが、どうすべきかは決めてない」


 殺す、って方法しか思いつかないんだよな……。この国の警察機構とか告発して裁判とかよく知らないし。元の世界でも警察沙汰裁判沙汰ってめんどくさそうだったから、きっとここでもめんどくさいんだろう。その上、貴族の従者ってことで力関係だけで俺が負けそうだし。攫って監禁するにも場所も無いし食事などの世話も大変だ。やっぱ殺すしか。



 しかし、今のところ、直接の被害は眠らされて拉致されたってことだけか。あ、ゾンビの罠にかけられたってのもあるな。余裕だったけど。だから、昨晩のように相対して魔法を撃ってきたらともかく、過ぎたことで復讐してやるとは思ってない。でも、レジスト方法をマスターできなかったら暗殺してたかも。あと、ロングメイスを失くしたってのがあるな。バーのマスターが拾っててくれればいいが。



「魔術師ギルドとしてはどうなんだ? ビクターが魔術師であることは間違いないだろう」

「当ギルドは確かに王国付けの機関ではあるが、王国の魔術師を漏れなく管理する立場には、残念ながら無い。そのような力量も無い。ビクターのような貴族付けの魔術師と、軍部の魔術師には手を出しようが無いのだ。日々無念を感じている」


 そういえば軍人って見たことないなあ。魔法武器とスクロールを買い占められてて結構困ってるんだが。でもエンチャントした剣が売れるから助かってるか。でも、魔術師はともかく兵士はかなりの規模がありそうだが、見たことがない。王宮区画の向こうにいるんだろうか?


「わかった。ヴァレリウスのおかげで精神魔法対策ができた。礼を言う。ありがとう。俺はまた襲われるまで待とうと思う。襲われれば容赦はしないが、俺の方から仕掛けるほどのことでもなさそうだ。それに、おそらくまたすぐに襲われるだろう」

「了解した。タクヤ、手伝えることがあったら何でも言ってくれ」

「ところでタクヤさんは、どうやって牢屋を抜けてきたのですか?」

「鉄格子の扉をはずしたら出られた」

「簡単に言うんですね……」


 エミリーはだいたい知ってるだろうが秘密だ。俺は秘密が多い。魔法のことについていろいろ聞きたいのに、エンチャントすれば魔法が使えることも秘密なのでなんとなく聞けない。


「タクヤ、エミリーを護衛に付けよう」

「いや、俺はこれからダンジョンに潜るつもりだ。危険に巻き込むことになる」


 思わず本当のことを言ってしまった。エミリーと一緒に冒険したいのに。


「そうか、それならば仕方ない」


 あ、そこ強引にこないんだ……。俺ってなんてバカ……。



 俺は魔術師ギルドを出て、馬車でエリース村に向かった。



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