穴
俺は寝る前にもう少し先に進むことにした。
洞窟は右へ左へとカーブしながら奥へと続いていた。襲い掛かってくる大ネズミは減り、トロールや他のモンスターは出てこなくなった。昆虫が増えたようだが、光を感じるとすぐに身を隠す。俺も見たくないので好都合だ。
距離感が掴みづらいが、おそらく五百メートルくらい歩いただろう。明かりが見えた。物陰から覗くと、トロールが燃えているのが見えた。
——他に冒険者がいるのか……?
いや、ありえない。じゃあなぜ燃えている……?
よく観察してみると、どうやら燃えたまま普通に生きているようだ。全身が燃えているわけではなく、胸と腕と脚が炭火のように小さな炎をあげている。火傷を痛がっている素振りはない。
——ファイアトロール?
そんなやついるのか。生態系としておかしい。魔法かなんかか? しかしあの状態じゃ自分が燃えるだろう。火に弱いんだし。ダンジョンのせいなのか? ダンジョンが起こした突然変異? ダンジョンのイタズラ?
しかしこのトロール、どうやって倒そうか。ファイアボールは当然効かないよな……。多分、剣で勝てるけど、コートが燃えそうだ。どうしよう、脱ごうか? それとも、火を消そうか。
俺は隠れていた岩から一歩踏み出した。途端にファイアトロールが気づいて駆け寄ってきた。走るときは四つん這いになる。ゴリラのようだ。
——ブラインド!
からの、
——水!
目潰しされて、もがいてるファイアトロールの頭からバケツの水をひっくり返したような、シャワーの残り湯を浴びせた。貧乏性なので。火が消えて暗くなったので光る石ころを左右に放り投げる。
——ふふふ……水魔法みたいだな……
ファイアトロールは両手両足の火が消えて湯気が出ている。痛がっている、と言うよりも苦しんでのたうち回ってる。再生はしないのだろうか? しばらく見ていたが、なんか可哀想になってきたので、トゲハルバードで頭をかち割り、ストレージに吸い込んだ。
しかし、このトロールはなんだったんだろう? 地上に戻ったら死体をよく調べてみようか? それなら燃えたままの方がいいな。次にまたみつけたら、火を消さないようにやっつけようか。生態が謎だよな。生殖活動とかどうなってるんだろう? そういう意味では普通のトロールの生態も知らないが。メスはいるんだろうか?
そんなことを考えながら歩いてたら、穴に落ちた。
心臓がきゅっとなった。幸い怪我はなかった。プロテクションのおかげだ。しかし、足への気の集中は間に合わなかった。ちょっと痛い。気って言うと元の世界の国民的漫画の闘士たちみたいでカッコいい。手から飛ばせないだろうか?
それはそうと、上はビルの二階くらいの高さだ。穴はほぼ円形で、四畳半くらいの広さだ。穴の底は大ネズミとトロールの骨でいっぱいだ。一体だけ、人型の骨があった。骨だけじゃなく、鎧と剣とバックパックと一揃いだ。
小柄、革鎧、短剣から推測すると屈強な戦士のタイプじゃない。シーフ職だろうか。一人で来たのだろうか? パーティで来てはぐれたり置いて行かれたりした可能性が高いよな。とにかく一式をストレージに入れた。さて……。
——あれ? 出られない?
簡単に出られると思ったが、そうもいかない。
思いつくのは、水で埋めて浮力で上がる、岩を階段状に掘る、ジャイアントの死体を出してよじ登る……登れるか? 何体も出せばいいのか。
あ、梯子があった……。
梯子は少し短かったが、なんとかよじ登って上に上がれた。梯子も無事に回収できた。
穴がもっと深かったら簡単には出られなかった。いつの間にか、たいていのことは楽に対応できると考えている事に気づいた。この世界に来た時には、起こり得ること全てに怯えていたのに。いや、そうでもなかったか? まあ、でも驕りがあったことは確かだ。今思いついたが、土砂や大木で埋めるってのもあったな……。落ち着いてればちゃんと対応出来たかも。軽くパニックになってたのか。
——うーん、テンション切れたから帰るか
一回、帰って仕切りなおす。ダンジョンのいろいろなシチュエーションを想定してちゃんと準備をしよう。最初よりだいぶ強くなったとはいえ、簡単に考えていると足を掬われて死ぬ。ダンジョンは何があるか分からない。トロールが燃えているようなところだ。
俺は石ころに、市場で猫の置物にした時の、ゆるいライトをエンチャントをして、落とし穴の周りに四つ置いた。次回、俺が来た時に落ちないように。
そして、光るヘルメットを被って帰路に着いたが、目の真上の明りは眩しいので、ヘルメットはやめてテントの支柱の先にライトをエンチャントした。思ったとおり帰り道にはトロールも大ネズミもいなかった。
地上に出たら日が暮れてた。まだ雨が降っている。ダンジョンの入り口近くですぐにハウスに入った。
「ペプ、帰ってきたよ」
「ナア」
シャワーを浴びて、晩酌にする。ペプが擦り寄ってきて顎を舐めはじめた。ちょっとメシの邪魔だ。
穴で見つけた亡骸は埋葬しよう。前に召喚者を埋葬した丘でいいだろう。墓地に埋葬しようとして管理人に、この人、誰? って聞かれても面倒だし。
そもそも誰なのか、何か手がかりはないかな。剣と鎧とナイフは一般的なもののようだ。指輪は隠密の魔法がかかっている。これをうまく使ってトロールに見つからずにダンジョンの奥まで行ったのかな? 他には壊れたランプだけだ。
俺はバックパックをを開けてみた。小銭袋に金貨二枚と銀貨五枚、ファイアボールのスクロールが三枚と、不明なスクロール。アイスランスと書いてある。手書きで、水が必要、と注意書きがある。これはうれしい。
IDEでアイスランスのコードを見てみると、氷の槍を水から作成→冷気付与→爆発付与→発射、というプロセスになっている。爆発は、接触後少し時間を置くようになっているようだ。敵に刺さって内部から爆発を起こすみたいだ。呪文をコピーして、メイスにエンチャントしておいた。早速試したいが、翌朝晴れてたらにしよう。
「ペプ、ギルドに情報をあげないといけないな」
「ナア」
今回のトロールケイブの件、状況を冒険者ギルドに伝えて、他の冒険者を呼び込む方が俺の最終目標のメリットになるよな。死んだ冒険者についてギルドが何か知ってたら、遺族に遺品を渡せるかも知れない。
冒険者ギルドに、トロールケイブ攻略してきたよ、って言うのはいいが、ストレージの件は絶対に黙ってるほうがいい。強力すぎる。バランスブレイカーだ。知られるとろくな事にならないはず。
じゃあどこまで? ってことになるが。トロールをソロで倒せるとなると、ちょっと有名になるかも知れない。魔法の鞄作戦は準備しておいた方がいいな。武器も、臨機応変にストレージから出してるけど、見せる用に標準的な武装が必要だ。バトルスタッフが気に入っていたんだが。鎧は、コートでいいか。魔闘気が使えるのは知られてもいいかも知れない。最初は隠すか。
よし、明日ひとまず武器屋と防具屋に行こう。




