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フィリーネ

 目が覚めて、朝のルーチンをこなした。雨はあがっているが、朝方まで降っていたらしく、地面はかなり泥濘んでいる。


 スパーリングはお休みにする。トロールケイブから離れた森の中で、アイスランスを試す。



 水が必要とのことだけど、水たまりの水でいいのかな? 俺は標的に可哀想な犬二号を出した。


 俺はアイスランスをエンチャントしたメイスを手に持って、発動した。何も起きなかった。次にメイスを水に近づけて発動した。すると水たまりの水がメイスの先端に集まり、氷柱状に凍った。心の中で発射を合図すると、氷柱が二号に向けて飛んで行って、刺さった。そして半秒後に弾け飛んだ。二号は即座に回復を始めたが、爆発して広範囲に凍った部位は回復できない。


 しばらく見ていてもそのままなので、ファイアのメイスを出して、火炎放射で溶かした。


——ほんのちょっとの水でこの威力は凄いな


 俺は以前に盗賊からゲットした、水が入った樽を出した。やっぱり、ちょっと嫌な予感がしたので、三十メートルくらい離れた場所に走って行ってもう一回、出し直した。アイスランスのメイスを水につけて発動する。


——ズズズ……


 音を立てて水が吸い上がり、メイスの先端に大きな氷柱を形成していく。


——発射!


 心の中の合図とともにアイスランスが飛んで行った。犬二号に刺さった、というか、氷柱が大きいので融合したという感じだ。そしてすぐに爆発した。


——ゴウ!!!


 犬二号は木っ端微塵になった。ここまで飛んできた破片は凍っている。冷たい爆風が俺の顔に当たり、髭と髪の毛を凍らせた。反射的に手で覆った耳は無事だが、右の頬の感覚がない。俺は急いでヒールした。


——何この威力……


 泥濘んでいた地面は完全に凍っている。犬二号がいた付近の木が倒れ、立っている木も凍って白くなっている。


 ストレージに入れて確認してみると、メイスにマナはほとんど残っていなかった。樽一杯分の水がほぼ最大威力か。しかしこれは凄い。メイスにマナを充填して、樽に海水を詰めて同様に発射して、何発かストレージに仕込んでおいた。最大威力は使いにくいので、水量少なめのバージョンも何発か準備した。


 スクロールの持ち主の彼はファイアトロールの存在を知っててアイスランスを持ってたのかな? どんな人物だったのか知りたくなってきた。


 ゲットしたスクロールだけど、もう俺にはスクロールは必要ない。プロテクションのスクロールに書き換えて他人に渡すのが一番喜ばれそうだが、一応とっておくか。


 俺はペプを連れて街へ向かった。

 


 防具屋に来た。革の肩掛けかばんを買いに。今、一つあるけど色が気に入らない。ちょっと探したら、ピッタリの黒の鞄があった。即行買った。黒一色の格好、たいていは悪者カラーだが、俺はこれがいい。もちろん、ただ黒ければいいわけではない。質感とか、光沢とか、そういうところはこだわる。そして今回一番許せなかったのが、統一感だ。今まで鞄だけ浮いていた。超うれしい。



 次に武器屋に行った。棍棒かバトルスタッフを探す。柄が木製ではなく金属のものがいい。プロテクションをエンチャントすると一緒なような気もするが。軽いほうがいいのか重いほうがいいのか。迷ったが結局、金属でできたロングメイスを買った。先は四方向にとんがりがあり、先端が刺せるように槍状になっている。気に入ったのは石突も尖っていて刺せることだ。ロングメイスとのことだが、正直、バトルスタッフと区別がつかない。


「店主、これをくれ。できたらこれの黒が欲しいんだが、作れるか?」

「一ヶ月ほどお時間を頂ければ」


 俺はカスタマイズした黒バージョンをオーダーした。今、買ったやつはエンチャントすれば高値で売れるので問題ない。それまで折れなければだけど……。あとはエンチャント用の短めのスタッフを十本、短剣を五本買い、最近消費していないが、矢とボルトも補充しておいた。


 ついでに魔法道具屋に行った。掘り出し物は無かった。オリジナル炎熱の剣を売って現金にした。



 店を出ると、教会の方からシスターが歩いてきた。


「ちょっと、探してたのよ?」

「またゾンビか……」


 しばらく関わりたくなかったのに。明日の朝、乗合馬車の時間に待ち合わせになった。



 次は冒険者ギルドだ。


「すまない、報告と、尋ねたいことがあるんだが」

「なんなりとー」

「トロールケイブに行ってきたんだ」


 話し始めようとしたら、背後から声がかかった。


「よお、兄さん! 久しぶり、なんかかっこいいコートだな」


 振り向くとレオがいた。アーベル、ビアンカ、カールも一緒だ。アーベルはあのゴツい剣を背負っている。


「兄さん、何してるんだ?」

「報告にきたんだ」

「おお? どこに行ってきたんだ?」

「トロールケイブだ」

「おお! 兄さん、さすがだな! その話、俺にも聞かせてよ兄さん」


 本当は嫌だが、しょうがない。まあレオならいいか。っていうかみんな聞くのか……。


 俺は、ほぼ一本道なこと、トロールと大ネズミしかいなかったこと、ファイアトロールのこと、落とし穴のことを伝えた。


「え? ちょっと待って、トロールを一人で倒せるの?」


 ビアンカが口を挟む。


「あったりまえだろ? 兄さんつええんだよ。俺が言った通りだろ?」


 なぜかレオが鼻高々だ。


「トロールはファイアボールで一発だ。囲まれなければたいした敵じゃない」

「ファイアトロールってやつは?」

「水をかけて火を消したら余裕だった」

「よくたくさんの水を持ってたわね」

「たまたまな」



 俺は受付のオネーチャンに尋ねた。


「穴の中で人間の亡骸を発見したんだ。誰か分からないか?」


 俺は鞄から遺品を出してカウンターに並べた。


「こちらではトロールケイブに冒険者が挑んだという情報はないですー。ギルドでお預かりして探しましょうかー?」

「そうだな、任せる」


 骨は俺が埋葬しなきゃな……。


「じゃあぁ、これからトロールケイブに行ってみようぜぇ」


 アーベルが言う。


「いいわよ、ヒルパートじゃまた天井に届かないって騒ぎ出すでしょ? トロールとネズミなら斬れるわよね」

「届かないってなんのことだ?」

「蜘蛛よ。天井を這う蜘蛛が斬れないって大騒ぎなのよ」


 そういうことか……。


「決まりだな。じゃぁ、まずは準備だぁ。商業区画に行こうぜぇ」

「じゃ、兄さんまた!」


 パーティは去っていった。カールは見事に存在感がなかった。すごいな。


 『ただ今、トロールケイブの難易度が下がってます!』


 掲示板に貼りだされた。セールか。


「トロールは再生速度が速いですけど、どうやって倒すんですかー?」


 まともな質問がきた。


「さっきも言ったとおりファイアボールが有効だ。打撃の場合は頭か気道を潰すのがいい」

「注意点はないですかー? ピンチになったこととかー」

「大ネズミの血の匂いでトロールが走ってくる。斬らないように始末する必要がある」

「ドロップ品はなかったんですかー?」

「丸焦げのトロールと大ネズミの死体くらいだが、持ってくればなんかの役に立つのか?」

「大ネズミは食べられますので、市場で買い取ってもらえますー。トロールの血はこちらで買い取れますー。お肉はダウンタウンの肉屋が買い取ってくれますよー。ファイアトロールは新種なので死体があれば高値で買い取れましたー」

「火が出てるモンスターっていうのは珍しいのか?」

「トロールに限らずダンジョンでたまに生まれるらしいですー。生殖とか食べ物とかに問題があって種としては定着しないようですー」


 普通の突然変異じゃありえない。やっぱダンジョンのイタズラなのか。


「なあ、もし、ファイアトロールの死体がこの鞄の中にあるって言ったらどうする?」

「え?」

「死にたてほやほやだ」

「本当ですかー?」

「うむ」

「その鞄はもしかしてアーティファクトですかー?」

「わからないけど多分そうだ」


 そういうことにしておこう……。


「ギルド長と相談してきますー!」


 ギルド長なんているのか……。彼女がここを仕切ってると思ってた。



「こちらへどーぞー!」


 奥の部屋に呼ばれた。入ってみると、耳が長くて尖った女性がいた。髪はショートカットで金髪。切れ長の目、瞳の色は金色がかった青。高いが少し上を向いた鼻。直角な顎のライン。背の高さは俺と同じくらいなのに、小さすぎるくらいの顔。年齢は二十代前半に見えるが……。


「エルフか。この大陸には住めないと聞いたが」

「残念、ハズレ。ハーフエルフよ。私はフィリーネ。よろしく」

「失礼した。俺はタクヤだ」

「ファイアトロールの死体を持っているんだって?」

「ああ、フレッシュなやつをな」

「買い取るわ。出してみて」

「ここでいいのか?」


 ここは執務室兼応接室のようだ。ここに出すと応接テーブルの上になるし、その後誰かが持っていくのだろうか? そのへんは俺が心配する事じゃないのかな。


「このテーブルの上でいいわ」


 俺は鞄をひっくり返して振った。するとテーブルの上にファイアトロールの死体が現れた。もちろん俺がストレージから出した。


「これは…………すごいわね。初めて見たわ」


 いろいろ尋ねられそうな気がする。めんどくさそうだから帰るか。


「じっくり見て値付けしてくれ。受け取りは次回でいい」

「感心したのはトロールのことじゃないわ。あなたの魔法よ」


 手遅れ。


「空間魔法……存在したのね。それも無詠唱で」

「俺のユニークスキルだ」

「いえ、魔法ね。私は魔力の流れが見えるのよ」


 偽装のために新しいバッグを買ったのにいきなりバレた。


「それはユニークスキルなのか? エルフはみんな見えるのか?」

「エルフの中でも見えるエルフは少ないからユニークスキルね。私は母親から受け継いだの」

「エルフの国の生まれなのか?」

「そうよ。冒険者ギルドはルーンビア大陸に本部があるの。私はそこから派遣されてる、アニバール大陸の冒険者ギルドの支部長よ」


 どうやらこの大陸はアニバールで、エルフの国がある大陸はルーンビアと言うらしい。初めて聞いた。


「私の話はいいわ。あなたの事を聞かせて。出身は?」

「俺は召喚者だ」

「召喚者? なにそれ?」


——あれ? 知らないの? 余計なことを言ったかも……。


「俺は別の世界から、魔族を倒し、魔王の召喚を阻止するために魔術師ギルドによってこの世界に召喚された。俺のスキルはその時から使えるようになった。詳しいことは知らない」

「なるほど…… 魔術師ギルドね……」

「仲が悪いのか?」

「悪いというより没交渉ね。冒険者ギルドはエルフの国発祥、本部はマナが濃くてモンスターが強いルーンビアの方なの。魔術師ギルドはアニバールの人間、というよりもハロン王国によって運営されているわ。もちろん魔術師ギルド員の冒険者もいるわよ」

「エルフも魔法を使うんだろ?」

「魔法はエルフ発祥よ。でもエルフと人間の魔法は少し違うの。魔法言語の中に、人間には物理的に発音できない音があって、人間が使うときは別の意味にしたり効果を置き換えたりしてるの。どうにもできない魔法はエルフ魔法って呼ばれてるわ」

「エルフ魔法にも空間魔法はないのか?」

「ないわ。伝説としては残ってるけど。エルフの世界で伝説だから、あったとしても大昔に失われたわ」


——余計なもの見せちゃったなあ……。まあ、悪人ではなさそうだけど。


「ルーンビアにも魔族や魔王はいるのか?」

「魔族はいたわ。でも今はいない。エルフのパーティが討伐したわ。魔王は、太古の昔にいたという伝承が残ってる。あなた、魔王を倒すって言ったわね? 魔王がここにいるの?」

「知らない。召喚された理由でそう聞いた。倒さなきゃ世界が滅ぶとも。俺の当面の目標はこの街のダンジョンの攻略と魔族の討伐だ」

「ふーん、じゃあ、冒険者ギルドとしては全力でお手伝いすることになるわね」

「俺のスキルは秘密にしておいてくれ。それと、他にもトロールの死体がある。買い取ってくれ」

「……とりあえずこの死体、邪魔だから一回片付けてもらえる?」


 別の部屋に冷蔵室があるので、そっちに持っていった。普通のトロールはスペースの都合で三体だけ引き取ってもらった。


「全部で金貨三十二枚よ」


 死んですぐストレージに入れたので状態がいいから高値がついたようだ。チョロい。


 なんかいろいろバレてしまったが、しょうがないか。やりやすくなった、と思いたい。



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