魔族
扉を開けると、狭く天井が低い洞窟になっていた。三十メートルほど歩いたら、また開けた明るい場所に出た。体育館の広さがある。その奥にかすかに扉が見えるんだが、ジャイアントがうじゃうじゃいて奥まで見渡せない。百匹はいるだろうか。
「なんじゃこりゃ! ジャイアントだらけじゃねえか」
レオも驚いている。不思議なのは、この洞窟をジャイアントは絶対に抜けられないだろうということだ。ひょろいけど這いつくばっても抜けられそうにない。部屋の壁に空いたネズミの穴みたいなもんだ。ネズミは通れるが人間と猫は通れない。謎すぎる。ダンジョンのデザインと生態系が謎だ。
「抜けるのは無理だな。全部殺すか」
「死体が邪魔で通れなくなりそうだな。あれ? 兄さん、あいつ燃えてないか?」
燃えてるやつがいる。ファイアジャイアントか。謎生物だ。人型のようなジャイアントだが、中身はマナを源とした魔法生物ってことか? メスがいないし。
ちなみにファイアジャイアントの腰布は燃え尽きたのか、丸出しだ。
「あの中に飛び込むのは自殺行為だな。しかしここでやると死体で進めなくなる。燃やすか?」
「死体のことは気にしなくて大丈夫だ」
仕方ないから吸い込むか。俺は一番近いジャイアントにアローを放った。ジャイアントは吠えた。十数匹のジャイアントが迫ってきた。が、洞窟が狭く、俺たちまで届かない。ジャイアントの頭にアローを数発撃つと仰け反った。別のジャイアントが前に出てきて、洞窟の中に手を伸ばしてきた。炎熱の剣で斬る。炎が出て手を引っ込めた。
——あれ、なんかキリが無い感じ?
レオは踏み込んでジャイアントの首筋を一閃、そしてすぐに戻ってきた。致命傷を負わせたが、次のジャイアントが手を伸ばす。手を伸ばしたら斬られると思うんだが、こいつら頭弱い?
「この調子でやるしかないな」
「体力勝負だな」
なかなか致命傷を与えられずイライラしたが、こんなもんかと考えたら楽しくなってきた。そのうち、洞窟の出口をジャイアントの死体が塞いだので、仕方なくストレージに吸い込んだ。
「兄さん、何したんだ? すげえな」
「気にするな」
ファイアジャイアントには、バトルスタッフからアイスショットを撃った。顔に何発か当てたら動きが止まった。脳が凍ったのかも知れない。バトルスタッフで殴っても熱そうだったが、俺の右手には熱耐性が突いているので問題ない。ボコボコに殴って倒した。
全てやっつけて、死体を綺麗にストレージに片付けて、念のためすり鉢の底まで行って休憩にした。すり鉢の方の死体も片付けておいた。
「分け前だ」
俺はジャイアントの腰袋、五十二袋を渡そうとした。
「兄さん、すまないがまだ持っててくれ」
それもそうか。
ジャイアント百四体、一人五十二体やっつけた計算だ。元の世界にいた時には考えられない体力だ。しかしさすがに疲れた。
「寝るか。洞窟のど真ん中で寝ればジャイアントは来ないだろ」
「そうするか」
「歩哨には立たなくていいぜ。慣れてるからよ」
なんかあったら目を覚ますってことだろうか? 俺はストレージから、以前使ってたマットを取り出して、洞窟で寝た。が、疲れててもこんなところで寝付けるわけがない。レオはすぐにいびきをかきはじめたので、俺はストレージに入ってペプに生魚をあげた。ジャイアントがマジックアイテムをドロップしなかったか調べたら、剣が二本とアクセサリーがあった。
すぐに外に戻った。なんか、レオのやつ抜け目ないから、ストレージハウスがバレてそうだな。まあ、仕方ないか、ペプにご飯あげるほうが大事だ。
◇◇◇◇◇
目が覚めると、レオはすでに起きて、剣を研いでいた。
「よお、兄さん、よく寝てたな」
朝、かどうか知らないが、朝飯に肉串とフルーツを出した。
「さて、次行くか」
俺達は広場の反対側の鉄製の扉を開けようとしたが、鍵が閉まっていた。
一本道のダンジョンで、鍵が隠されていそうなところは何もなかった。中ボスもいなかった。なんか怪しい。こんな変なところで終わりってこともないはずだ。
「兄さん、どうするよ?」
「仕方ないな」
俺は扉をストレージに吸い込んだ。
扉の先は、異様な光景だった。通路が続く、その通路の壁は黒い金属製だった。元の世界で使ってたデスクトップPCのケースがこんな感じだった。赤く光るラインが水平に入っている。照明の役割は果たさない。誘導灯か? 床も黒いが樹脂製だ。五十メートルほど先に部屋があるようだ。
異様だ。このデザインはこの世界のものではない。元の世界の、それもフィクションのものだ。
「兄さんよお、こりゃなんだと思う?」
「おそらく知的生命体がいる」
理由はレオには言えない。
俺は光る石ころを投げながら進んだ。白い光が金属製の壁と天井に反射する。
部屋に着いた。そこはオフィスのような、アニメの宇宙戦艦のコクピットのような感じだ。正面の壁に大きなモニターが設置されている。少し離れてデスクがあり、明らかにコンピュータのインターフェースと分かるパネルがデスクに半分埋まるように置かれていた。
デスクの前には椅子があり、誰か座っている。俺達が入ってきたのに気づいたのか、軋む音をたてて椅子が回転した。
必要以上と思われる角度で背もたれを倒し、くるっと回ってデスクにぶつかって回転が止まった椅子に仰け反って座っていたのは、体型はジャイアントと同じくヒョロヒョロで、馬に二本の角を付けたような顔の、赤い瞳を持つ知的生命体であった。
知的生命体と断定できる要素は、全身に通路と同じデザインの、黒に赤いラインのボディスーツを着て、口元に嫌らしいニヤニヤ笑いを浮かべているからだ。
「こいつが魔族か?」
「そうだと思うが、多分ちょっと違う」
おそらくこいつがいわゆる魔族だろうということと、態度から受ける嫌悪感から、倒すべき敵だと思い込んでいるが、冷静に考えて、一応確認したほうがいいか。
「俺は趣味でダンジョンを攻略している者だ。お前は何者だ?」
「フン、下等生物が」
「こんなお粗末なダンジョンしか作れない癖に上等ぶるなよ」
「なんだと! 俺様はタスネル様だぞ! 無礼者め!」
——様を二回言ったぞ
「おいレオ、あいつ低級魔族だぜ」
「未開人が! 馬鹿にするな! 俺様は魔族なんかじゃない!」
「ほう、では何者だ?」
「くっ! それは言えぬ」
「やっぱりな。マナ目当てに異世界から召喚されたクチか」
「異世界など知らぬな」
「ほう、じゃあ別の星か」
「何!? 貴様、未開人のくせになぜ星間移動のこと……」
——ブラインド!
虚を突いた。決まった。俺はバトルスタッフで殴った。頭にヒット。吹っ飛んで行った。
レオが斬りかかったが、素手で止められた。
「レオ、気をつけろ! こいつ馬面なのに前足が蹄じゃねえ!」
軽口を叩いた。ブラインドに反応されてた、結構強いやつだ。油断できない。
——アロー!
マジックアローを十発連射した。ダメージを与えたようだ。魔法生物ってことか。しかし素で硬いようだ。もしくはあのボディスーツか。
タスネルは素手だがレオが苦戦している。手のひらが剣を受けられるほど硬く、鋭い爪がある。俺はバトルスタッフと一緒に回転しながらやつの背後に回る。回転の勢いで殴るが……。
——ボゴッ
避けられて回し蹴りを脇腹に食らった。半身ほど吹っ飛んだが踏ん張ってスタッフで殴る。それも避けられて、タスネルはステップを踏んで距離を取った。こいつ素早いし戦い慣れしている。プロテクションがなかったら危なかった。
「兄さんよ、ちとマズいな。何か策はないか?」
「ある。これを使え」
茨の剣を渡した。片手剣なので素早い敵には有効なはず。
「もう一本くれ」
俺は刃先だけ炎熱の剣を渡した。レオは二刀流か。かっこいいな。
俺はアイスショットの準備をする。発射準備完了段階で止めておくことができる。杖の先が光ってて、何か発射するのは丸わかりだが、任意のタイミングで撃てる。本邦初公開だ。これを牽制に、じりじりとタスネルとの距離を詰める。
俺は、アイスショットではなく、ストレージからマジックアローを、タスネルの右脇腹を狙って撃った。タスネルは左に避ける。そこにレオが剣を振る。防御されたが炎熱の剣が火を噴き、できた隙に茨の剣がやつの左腿をズタズタに切り裂く。俺はすかさずアイスショットをリリースした。右手で防がれたが、右手を凍らせた。ここでまた……。
——ブラインド!
反応されたかも知れないが、目を瞑った。今だ。
——石!
ロックフォールが馬の頭を直撃し、片側の角を折った。レオの剣がグサッと刺さる。一本は腹に、一本は頭に刺さって火を噴いた。
勝負あった。
ストレージに吸い込んで死亡を確認した。
「兄さんやったな! あんなつええやつにノーダメージか。あんたつええな」
レオは興奮してる。当然か。俺もだ。
「ここに籠もって調査しよう。ここにはモンスターが出ないだろう」
あいつ、ここに住んでたっぽいから、生活用品とかシャワールームとかあるはずなんだ。そういや未開人だの言われたから先制攻撃したけど、殺していいかどうか、判断できる言質がとれなかったな。まあいいか、どうせ侵略に来たんだろ。
壁を探したら、普通に扉があった。見えにくいが隠してる訳じゃなかった。右側の壁の扉を開けたらウォークインクローゼットになっていた。ボディスーツの予備が五着あった。これ欲しかったんだ! あいつが着てたやつはレオがズタズタにしちゃったから。
「レオ、これもらっていいか?」
「ああ、いいぜ。でもそんなの何に使うんだ?」
「多分、魔法防御と物理防御が付いてる」
「俺にもくれ!」
あとは布類があった。助かる。
反対側の壁の扉には、シャワールームっぽいものがあった。天井から一様に何か降ってくるような感じだ。SFチックだ。
肝心のコンピュータだが、どうやら認証エラーでログインできず、使えないようだ。キーボードみたいなものに触るたびに、見たことない文字で何か短いメッセージが画面に表示される。
そのキーボード台の上部に、何かが填まってるような切り込みがあり、押すとヒューズをでっかくしたようなカプセルがにゅいーっと出てきた。青白く光っている。魔石だ。親指の先ほどの大きさ、ちっちゃいな、金貨十枚か。
「レオ、これいるか?」
「売るしか使い途がないなあ」
「じゃあ宝石の方がいいか」
「そうするよ。そんで、結局ここはなんだ? やつはなんだったんだ?」
俺は猪肉のステーキとジンを出した。レオもいける口らしい。暗いので光る石ころも出した。
「魔族と呼ばれてる存在で間違いないだろう。だが、正体は他の星の侵略者だ」
「星ってあれかい? 夜空に光ってるやつかい?」
——この世界の人間は星を知らないのか。未開人……
「そうだ、異世界だと思って構わない。この世界のマナを集めている。おそらくあいつもマナをエネルギー源として、食事をしなくても生きていけたはずだ。ここには食料が置いてないからな。マナを集めて持ち帰るのか、それともマナをエネルギー源にして仲間を召喚するのか、目的はわからないがな」
「なるほど。兄さんは博学だな」
——マナを集めて持ち帰るだけなら人畜無害だな。あれ、悪いことしちゃったかな……
「それにしてもやつ、タスネルは偉そうなだけでダメなやつだったな。このダンジョンの作りはない」
「ジャイアント百匹を安全地帯から狩ったのは笑ったな」
久しぶりに人と語らって、飲みながら寝た。