雨
昨夜はハウスに戻ってからも、ペプと一緒にジンロックを飲んでいた。目が覚めたら結構二日酔いだった。
朝のルーチンをこなして、シャワーを浴びた。フルーツを搾ったジュースを作って飲む。最高の朝だ。二日酔いにも慣れっこだ。
外に出たら雨だった。けっこうな豪雨だ。風も強い。この世界に来て初めての雨だ。もしかして台風?
仕方ないからハウスでなんかやるか。気になってることがある。お気に入りのローブについた焦げ臭さだ。金はあるので新しいのを買えばいいんだが、王都まで行かなきゃいけない。なんとか洗えないものか。
なんとなくヒール水で洗って、シャワールームに干してみた。ヒールって消毒効果があるから。熱風とかあれば乾かせるんだよな。なぜに雨の日に洗濯したのか。風の魔法が欲しいな。
そういや、真空にすると乾燥するんだっけ?
俺はローブをストレージのポケットに入れて、時間の進みをオンにした。ところがどうもそれじゃダメだった。真空になってないんだろうか。真空がないんだ。
俺は一度空気を入れた。そして空気だけを抜いた。真空の空間を作った。そしたら見事に乾燥した。
——この方法で干し肉とか作れそうだな
テーブルを出して、テーブルの上で鹿肉を手頃な大きさに切る。そして海水につけて、一日放置する。
暇になった。
ストレージ内に道場があったらスパーできるのに。
ちょっと外を見てみた。まだ豪雨だった。
俺はインドア派だったが、それはやることがあったからだ。うちにいて何もやることがないなら外に出たい。こういうとき、考えれば考えるほどやることがない気がする。
本は、読み書きの本と初級の魔法書がある。しかし、どうせ魔法が使えないと思ったら魔法書を読むのもめんどくさくなってしまった。さっと斜め読みしてあとはストレージに放り込んだ。マナ水に漬ければスクロールになるだろうか? まあ、本を書いた人に敬意を表してそんなことはしないけど。印刷じゃなくて写本だからな、頑張って手で書いたんだろう。きちんと魔法道具屋に売って次の人に譲ろう。
それにしても暇だ。まだ午前中だ。
何か、雨に濡れずにこの豪雨の中を歩く方法はないだろうか? そもそも傘すらない。裸で歩いてあとで着ればいいだろうか? この世界は裸で歩いても捕まらないのだろうか?
動物の毛皮とか羽織ればいいだろうか? 大オオカミならストレージに入っているが。死体として。あ、ジャイアントの腰布があったな。ってそんなの勘弁。
あ、雨を全部ストレージに吸い込む? あれ? いけんじゃね? いや待て、窓を開きっぱなしにしなきゃいけないからマナの消費量がものすごくなる。
プロテクションでガードすればぬれないんじゃね? 多分違うけど。
傘の代わりにテーブルをさして歩けばいいんじゃね? 暴風雨にも強そうだ。
変なことばかり考えてしまう。外に出ても行くとこないしな。あ、ダンジョン? ダンジョンいくか。ダンジョンに着いたら服を乾かしてから攻略に行けばいいか。
外を見たらちょっとだけ小降りになってた。何日か雨が続くとしたら、このままだらだらしてるよりも、雨が降らないダンジョンで何日か過ごす方がいいよな。
俺はシャツとパンツとサンダルだけ着けてダンジョンに向けて走った。
冒険者ギルドで小休止する。さっき乾かしたローブとかっこいい杖を出して、布で頭を拭いてからギルドに入る。
「やあ、こんにちは」
「こんにちは、嫌な天気ですね」
「ああ、この雨はいつまで続くのかな?」
「例年通りだと、四、五日くらいです」
マジか。暇だ。
「猫ちゃんは今日はいないんですね」
「猫は雨が大嫌いだからね」
さて、行くか、と言うときに話しかけられた。
「よう、兄さん、ダンジョンでも行くのかい?」
「ああ、ダンジョンの中は雨が降ってないと聞いたからな」
「おや、兄さんって歳でもないのか。失礼した。若く見えた」
「兄さんでいい」
「俺も暇で死にそうだから行こうと思ってるんだが、行きも帰りも雨だろう? 待ってるのがいいかびしょ濡れがいいか迷ってるんだ」
「迷ってるうちに雨が止むだろう」
「そうだな。違いない」
笑って別れた。一緒に行こうと言われたらどうしようかと思った。いろいろ不便に
なるから困る。
俺はギルドから、来るときと同じ格好で走り出した。
ダンジョンに着いた。たき火をして服を乾かしたいがいい場所がない。そもそも周りに誰もいないから、人目を気にしてたき火するより、ハウスに入ってストレージで真空乾燥でいいんじゃないだろうか。と思ったけど、いつ誰がくるか分からないのでここでは止めておく。雨だからダンジョンに籠もるって俺と同じことを考えてるやつがいそう。テントと水があれば、ネズミ肉で一週間くらい暮らせるだろう。
俺は先を急ぐことにした。まあ、こっそり着替えたわけだが。ダンジョンは、ジャイアントがいる階層まではじめっとしてて居心地がよくない。そこまで一気に行って、そこでキャンプを張ろう。キャンプと言ってもいつも通りストレージハウスなんだが。
大ネズミはスリング石、それで足りなければバトルスタッフで余裕だった。バトルスタッフを汚してしまったが、最初の一回を使わないとこの先もずっとファッションの一部になりそうなので、心を鬼にして使った。
スライムの通路は、光る石ころで天井のスライムも余裕だった。光る石ころを投げて、スライムを見つけて、ファイアショット。先に進んで暗くなったらまた光る石ころを投げて……。松明の光では心許なかったのが、石ころでこんなにも。原価はマナだけ。
沼に来たが、大カエルの肉は食べる気がしないので、スルーすることにした。前回作った橋はそのままだ。
大オオカミはいつものコンボで余裕だった。通路が狭いのでバトルスタッフは使いにくい。片手用メイスで滅多打ちにした。そして俺はすんなりジャイアントの階層に辿り着いた。
地下五階は、当たり前だが雨が降ってなかった。じゃあ、この明るさと生えてる草木はなんだって話だが、こういうのがダンジョンなんだろう。草木がマナをエネルギー源として生きてるなら、なんかの薬草になりそうな感じもする。試しにここに柑橘類——もうオレンジでいいや——を植えてみよう。土を掘って、オレンジの種を植えて、ヒール水をかけた。明日には木が生えてくるはず。
さて、ここで四、五日暮らす予定なんだが、まずは準備しようか。俺はハウスに入り、シャワーを浴びて、新しい服に着替えた。濡れた服は真空乾燥する。脱水と乾燥がこんなに簡単なら、下着も自分で洗濯しようかな……。
俺は貯まった洗濯物を湯船に入れ、シャワーの残り湯を入れて、テントの支柱で突いた。そしてまとめて真空乾燥させた。うん、めんどくさい。やっぱ誰かに頼む。王都に行けばそういうサービスがあるだろう。
履き慣れてきたブーツも洗いたい。そういえばハウスの中なら手からヒール素子が出せる、消毒ができる。俺はIDEを開いて、消毒だけの呪文を作ってセットした。そしてそれをブーツに使うと、足のニオイが消えた。念のため自分の足にもかけておく。あと時々痒くなる頭にも。というかもう全身に。なんかすっきりした。
さて、準備が整ったので、行ってこようと思う。
「ペプ、でっかい人と殴り合ってくるよ」
「ナア」
俺はストレージハウスを出た。プロテクションがかかっていることを確認する。殴られるつもりはないが、念のために。緊急ヒールの準備もしておく。この前より敏捷性もアップしている。ただし、位置取りだけは気をつけないと、蹴られて谷底へ真っ逆さまというのだけはヤバい。
俺はバトルスタッフを構えて歩いて行く。前回と同じところにジャイアントはいた。マジックアローで敵をおびき出す。矢やボルトは放物線を辿るので、遠くの敵に当てるのは難しい。というか、俺は弓が下手なので、矢が強かったり弱かったりして当たらない。
地面が揺れている。ジャイアントが歩くたびに揺れる。射程距離に入るのを待って、攻撃開始した。
——ブラインド!
ここで油断しない。バトルスタッフを思いきり振って膝に当てる。二発。片膝をついた。顔を殴る。ダメだ、決め手に欠ける。俺はジャイアントの喉にバトルスタッフの石突きを突き刺した。血が吹き出る。俺もバトルスタッフも血でべっちょりだ……。
俺は泣き顔になりながら、炎熱の剣を出して、ジャイアントの心臓を刺した。決まった。すぐにバトルスタッフを水洗いした。
すると、背後から拍手が聞こえてきた。
「よお、兄さん、やるなあ」
「見てたのか」
「兄さん強いな。あれだろ? ここに来るまでにやたらと明るかったのも兄さんの仕業だろ?」
「…………」
「そう怖い顔すんなって。俺はレオンハルト、冒険者さ」
「タクヤだ」
悪者ではなさそうだ。顔が。歳は三十半ばくらいだろうか。金髪、青い目。精悍だが人懐っこい顔つきをしている。プレートがついた革鎧、獲物はブロードソードとクロスボウ。荷物はバッグが一つと寝袋だ。
「兄さん、ずいぶん軽装だな。魔術師なんだろ?」
「ああ」
「パーティ組まないか?分け前は七三でそっちでいいぜ」
「いいだろう。五分でいい」
俺はジャイアントの腰袋を拾った。
いいって言ったものの、なんかめんどくさいな。まあ他人と一緒に行くのもなんかの勉強になるだろ。
「よろしくな。自己紹介代わりに、俺の実力を見せるよ。悪いがあれ、呼んでくれないか? クロスボウじゃ届かないんだ」
俺はジャイアントに、バトルスタッフからマジックアローを撃つ振りをしてストレージから発射した。ジャイアントが走ってくる。
「兄さんは見ててくれ」
レオンハルトは両手で幅広の剣を構えた。ジャイアントは、あのでかい誰が作ったのかわからない剣を右手に持っている。そしてレオンハルトの頭上に振り下ろした。
レオンハルトは左側に身を翻して躱し、回転してジャイアントの右足を切断した。ジャイアントがひょろいとは言え、かなりの腕前だろう。そしてジャイアントの喉から頭頂まで剣を突き刺した。
「やるな」
「まあ、こんなもんさ」
レオンハルトは腰袋を拾い、俺に分け前を寄越した。俺が釣りだしたから半分半分だそうだ。
「レオンハルト、この先に何がいるか知ってるか?」
「レオでいいぜ兄さん。このダンジョンは初めてだ。誰に聞いてもジャイアントの先のことは知らないって言ってた」
「そうか。俺も知らないんだ」
「冒険って感じがしてきたな!」
先へ進む。対ジャイアントは、俺がマジックアローで釣り出し、近づいてくる間にさらにアローを何発か当て、レオが剣でトドメを刺す、って戦略で安定した。たまに二体いっぺんに釣ってしまった時は、アローを多めに当てて、二人でそれぞれを担当した。
地下五階の底に突くまでに二十体のジャイアントを仕留めた。
地下五階はすり鉢状になっていて、底はテニスコート程度の広さになった。壁に扉がある。ダンジョンという割りにはずっと一本道だ。俺たちは底で休憩することにした。
レオが、おそらく俺に会う前に捕ってきた大ネズミを捌いて食べようとしたので、ストレージから肉串を出して振る舞った。ついでに水も。
「兄さんすげえな。ユニークスキルってやつか」
「まあな」
本当は違うけどいいだろう。多分違う。俺も自信がない。なるべく秘密にしたいので、ハウスには入らないでおく。
レオは食事の後、大ネズミを捌いて肉以外を捨てていた。
「レオは冒険者は長いのか?」
「ガキの頃からだな。サンデージにも昔からダンジョンがあるんだ。ダンジョンの外でもモンスターが多い」
「サンデージ出身なのか?」
「ああ」
休憩の最後に、トイレに行った。と言っても、ここじゃ隠れるところがなく丸見えだ。俺が用を足したところに、なんとなくオレンジを植えた。
俺たちは次の扉を開けた。




