王都シンシア
昨日は居酒屋を出て、裏手の路地からハウスに入った。
朝のルーチンを終え、外に出る。骨先生とのスパーはここでは無しだな。
まだ時間が早いので、街を散策しつつ冒険者ギルドを目指す。ヨーギに続く街道は王都の西門に繋がっている。街道はそのまま街の中央を抜けて、北東の北門から出て行く。街の北にクエノス山があり、それを背に城が建っている。クエノス山は切り立った岩山で、城に面している側は急激な崖になっている。北側から城に攻め込むのは誰が見ても不可能だ。
城の周囲は兵舎や省庁などの国家機関と貴族の屋敷が並んでいる。それとは対照的に街の南東に貧民街が存在する。一般市民は主に、大通りに沿って南西から北東を生活圏内としている。
南西と北東に商業地区がある。南西がどちらかというと農業、畜産、漁業関係が主なのに対し、北東にはダンジョンが近いこともあり、冒険者ギルド、銀行、武器屋、防具屋、雑貨屋がある。宿屋、居酒屋に関しても南西と北東で雰囲気が違う。南西は行商人が集い、北東は気性の荒い冒険者が集う。
北の街道を行くと、ハロン王国の別の街がいくつかあり、更に行くと隣国に繋がっており、毎日何人もの行商人が通る。やはり彼らは遠くても南西の宿場を好むようである。
って昨日、居酒屋で聞いたんだけどね。
冒険者ギルドに着いた。
「おはよう。ヨーギから来たんだが、この街のことをいろいろ教えてくれないか?」
「なんなりとー」
ここのギルドの受付のオネーチャンは、顔が整っている美形だが、どこかしら明るくとぼけた印象があり、泣きボクロが色っぽさを増してる反面、あまり魅力的ではない箇所に大きなホクロがあり、人生の悲哀を感じさせる。そしてそれが、それを上書きするようなバカっぽい話し方を強調し、愛され感を最大に引き上げている。
「ダンジョンで魔道具を見つけたんだが、鑑定してもらうにはどこに行けばいいかな?」
「魔法道具屋さんで鑑定してもらえます。珍しい物は魔術師ギルドですー」
魔法道具屋はこの近くのようだ。
「魔石を買い取って欲しい」
「かしこまりましたー」
金貨三十枚分を売却した。金持ち!
「宝石を買い取ってくれる店はどこかな?」
「街の貴金属店で買い取ってもらえます。銀行の並びですよー」
ここに来るまでに見かけた、ひとつだけ背の高い建物が銀行らしい。
街の情報やダンジョンの概要をさらっと聞くなどして冒険者ギルドを後にした。
魔法道具屋より宝石屋が近かったので寄った。店外に一人、店内に二人の守衛がいる。睨まれたが入店を阻まれるようなことはなかった。
「すまない、宝石を買い取って欲しい」
宝石店の店主は、初老の男だ。口髭を蓄え、髪をオールバックに撫で付けている。なんというか、それっぽい感じがする。
俺は親指の先ほどの大きさの宝石を二つ出した。色と、マナの充填量が違う。おそらく、ルビーとアメジスト。
「ほほう、なかなかの品ですな」
今、出した宝石は二つとも加工されたものだ。ジャイアントからゲットしたものだが、加工されているということは、つまり元は人間の所有物だった。
店主は虫眼鏡で宝石を鑑定する。目にあてるレンズは開発されていないのか。
「石の中に輝きがありますな。これなら金貨十五枚と金貨四枚で買い取りましょう」
ほぼマナの充填量通りの価格差だ。その値で買い取ってもらった。マナを込めると価格が上がるみたいだ。チョロい。
ふと、カウンターの奥に陳列されている宝石が気になった。やたら高い。
「店主、あれはなんだ?」
「硬質化のエンチャントが施された宝石でございます」
エンチャントされた宝石を武具に組み込むことによって、武具に魔法効果を付与することができるらしい。例えば硬質化なら、武器に適用すれば切れ味や破壊力が、鎧に適用すれば防御力が上がる。武具にはソケットと言われる、宝石を嵌め込む穴が付いてないといけない。この仕組みについては規格化されている。
そもそも武具に魔法効果を付与するには、単に武具にエンチャントをすれば良い。ただしこれをできる人間はエンチャンターと言われる、特殊な魔法を覚えた魔術師である。このエンチャントと、マナを充塡できる宝石を組み合わせることで、より強くより長く効果が続くマジックアイテムを製作することができる。
ところが、あるエンチャンターが、武具に宝石を組み込むだけで、宝石に応じた何かしらの効果が生み出されるエンチャント魔法を発見した。仕組みを簡単に説明すると、武具の所持者やダンジョン内からゆっくりとマナを吸収し宝石に蓄え、そのマナを戦闘時に使用することにより、使用者を強化するのてある。
ソケットシステムに嵌め込む宝石は、無垢のものでも効果はあるが、まれにエンチャンターが宝石自体に特殊効果を付与したものが市場に出回る。陳列されているものがそれである。
まあ、ソケット武具をもってなければ意味がない。
俺はお礼を言って店を出た。
魔法道具屋は、店内に様々なものが陳列されていた。アクセサリー類が多いが、武器や防具、服もある。他には、薬、本、薬の調合に使うと思われる道具、何に使うか分からない道具などがある。
守衛は店内に二人、軽装だが魔法の武具で固めてるのかも知れない。
店主は、魔女っ子を大人にしたような女性だ。三角帽子を被っている。箒があれば空を飛ぶと思われる。睫が長く、顎が鋭角に尖っていてとても美人だ。
「すまない、鑑定を依頼したいんだが」
「一品、銀貨二枚でーす」
俺は銀の腕輪、炎の剣、青い宝石がついた首飾りの鑑定を依頼した。
「腕輪は耐熱ですねー。あまり強力ではありません。有効範囲は腕だけですねー。こちらの剣は炎熱の剣ですねー。この二つはセットでちょうどいいですねー。剣のチャージ量は、と……発動は二十回くらい、満タンでーす」
ガソリンスタンド?
「首飾りは……動物に好かれまーす」
「え? え?」
「動物に好かれまーす」
二回言われた。これをつけなくてもペプには好かれてるから別にいいんだが……。今日から付けるか。
「あとは、魔石を買い取って欲しい」
大きめの魔石を金貨三十枚で売った。
「ところで鑑定ってのは、君のユニークスキルなのか?」
「そーでーす。あれ? お客さん……なんか変な感じ? 猫ちゃんも……?」
「そう? 変?」
「マナが全くない……? 猫ちゃんは……」
「シャー!」
店主が触ろうとしたらペプが怒った。珍しい。
「ところで、とあるところでリッチに会って、普通の剣じゃ斬れなかったんだが、この炎熱の剣で斬れる?」
「大丈夫でーす。魔法なら全然オッケーでーす。リッチはめっちゃ強いですけど」
「強いってどのくらい?」
「マジックミサイル三発でーす」
なんだその単位……。
「マジックアローだと?」
「十五発でーす。詠唱の合間に死にますケド」
楽勝かと思ったら、普通に戦うと詠唱が必要だからめっちゃ手強いのか。
「詳しいね」
「昔、戦ったことがあります……」
なんか、震えだした。聞いちゃいけないことを聞いちゃったか……。
「ところで、スクロールはどんなものが置いてある?」
「最近は軍が買い占めてて全然置いてないでーす」
「じゃ、スクロールを作ればめちゃめちゃ儲かるわけだ」
「スクロール紙が不足しててあんまり作れません」
スクロール紙は、羊皮紙をマナが染み込んだ特殊な水に浸して作るんだそうだ。そこに好きな魔法陣を書くとスクロールの出来上がり。使用済みのスクロールを一枚持ってる。後でよく見てみよう。
あとは武器と防具を見てみる。金貨百枚の剣がある。高い。防具は、良さそうなものがなかった。性能かデザインのどっちかが悪かった。
「ソケットの防具はないのか?」
「ないでーす。ソケットってサンデージ国発祥なので、この辺ではあまりないでーす」
サンデージ国ってのは西の方にあるらしい。
別の客が来て話し始めたので店を出た。
歩きながら、街の人々のファッションチェックをする。ズボン派が多いようだ。昨日はスカート派を多く見かけた。地域によって差がありそうだが、どっちでも良さそうだ。
王都では武器屋と防具屋が別だ。俺は最優先課題の防御力をなんとかしたいので防具屋に入った。防具屋は二階建てで、一階に金属系鎧、二階に革製と布製と分かれていた。
プレートアーマーがずらっと並んでいるのはなかなか壮観だ。しかしこれらは俺には重くて無理だよなあ。俺はヘルムだけ見て回った。目当ては今よりもうざったくなくて周りがよく見えてそれなりにかっこよくてそれでいてちゃんと防御できそうなやつ。なかった。
俺は二階に上がった。
ざっと見て、いい感じの鎧がなかったのでオーダーすることにした。ざっくり言うと、ハードで黒くてカッコよくて動きやすいやつ。注文したら二週間かかるとのこと。ついでに黒くて細めでかっこいいローブを買った。よそ行き用にしよう。よそってどこか分からないが。会計して店を出た。
ついでに武器屋にも入ったが、剣が二本あるし、魔術師ギルドでもなんかくれるらしいし、特に欲しい物はなかった。矢とボルトだけ補充しておいた。
午前中で用事が終わってしまった。ぶらぶら観光してもいいが、せっかくだから今日中にヨーギに帰るか。
俺はペプを撫で撫でしたり、ペプに顎を舐められたりしながら乗合馬車で帰った。