第5話
雨は夜になっても止まなかった。今日の午後はレオンハルト様と一緒に温室に行ったけれど、特に会話が弾むことはなく、気まずい沈黙が流れていた。……わたしのせいだ。彼はきっと、ちっとも楽しむことができなかっただろう。
毛布の中でそっと足を動かそうとすると、鈍い痛みが走る。雨の日は特に調子が悪い。冷えてしまうと神経に触れるような痛みを感じるのだ。
それでも、じっとしている方が怖かった。動かなかったら、このまま固まってしまうのではないかと思ってしまう。
わたしは唇を噛んで、そっと膝を抱え込むように体勢を変えた。
——痛い。
声にすれば泣いてしまいそうで、喉の奥で押し殺す。
こうして足が痛むときは、レオンハルト様が癒してくれていた。彼は、まだ起きているだろうか。そう考えてしまうわたしに呆れてしまう。
彼はきっと、わたしが呼べば来てくれるのだろう。あの人は、どんな時でも来てくれるという確信がある。だからこそ、呼べなくなってしまう。彼の優しさに甘えてしまうのが怖いのだ。
……嫌いになれたら、楽だろうに。
「セレナ、起きていますか?」
突然彼の声が聞こえてきて、心臓が跳ねた。返事をしようとしたけれど、躊躇ってしまう。
今、顔を合わせたくない。これ以上優しくしてもらうことが怖い。
だからわたしは、目を閉じたまま動かないことを選んだ。彼はそのまま帰ると思ったけれど、扉が開く音が聞こえてきた。彼が近づいてくるのが分かるけれど、わたしを起こさないように、足音を立てないようにしてくれているようだ。
「……眠っているのですね」
すぐそばから、小さな独り言が落ちてくる。その声には安堵が混じっているように思えた。
わたしは起きていることに気づかれないように呼吸を整える。眠ったふりを続けるのは思った以上に難しい。
レオンハルト様はしばらく動こうとしなかったが、やがて足元の毛布がそっと持ち上げられた。そして、足首に温かな手が触れる。思わず身を強張らせそうになるのを何とか堪えた。
彼の手が触れた場所から、熱が広がっていく。彼は両手でわたしの足を包み込むように持ち上げた。肌を撫でられて、声が出そうになるのを必死に堪える。
椅子が引かれる音が聞こえ、わたしの足が彼の膝らしきところに乗せられた。そして優しく触れられる。指の腹で足首を撫で、何度も往復させる。時折何かを思い出したように動きが止まって、そのまま少し強く握られた。
魔力の熱がじんわりと伝わってくる。彼の魔力が足に流れると、痛みが和らいでいく。
レオンハルト様の手つきは驚くほど丁寧で、乱暴さは一切ない。わたしは目を閉じたまま、彼の手の温もりを感じていた。
どれくらい時間が経ったのだろう。足の痛みがなくなった頃、レオンハルト様が小さく息を吐いた。そして、とても小さな声で呟く。
「……ごめん、セレナ」
わたしの胸がぎゅっと縮んだ。やはり、そうなのだ。これは愛ではなく、罪悪感からくるもの。彼は事故のことを、今でも後悔しているのだ。だからこうして、毎日のように世話を焼いてくれる。わたしから離れられないのも、そのせいなのだろう。
勘違いしてはいけない。この人を苦しめているのはわたしなのだから。
強く目を閉じていると、レオンハルト様はわたしの足をそっと毛布の中に戻して、毛布を丁寧に整えてくれる。そのまま部屋を出ていくのだろうと思っていたけれど、彼の気配は遠ざからない。
何をしているのだろう。わたしは変な顔をしていないだろうか。目を開けたいけれど、開けた瞬間に気づかれてしまいそうだから動かせない。
——直後、額に柔らかな感触があった。
一瞬、これが何なのか分からなかった。しかしすぐに、彼の唇であるという考えに思い至る。その瞬間頬が熱くなって、心の中で悲鳴を上げた。
な、な、何をしているの彼は! わたしが寝ている間に、キ、キスをするなんて……。
眠ったふりをしていなければ、確実に声が出ていた。心臓が今にも暴れ出しそうで、この鼓動が彼に聞こえてしまうのではないかと思うほどである。
唇はすぐに離れたけれど、とにかく落ち着かない。彼はしばらくわたしの髪を撫でて、微笑みが混ざった声で言った。
「ゆっくりおやすみ、セレナ」
その声には罪悪感だけでは説明できないような何かが混じっているようにも思えたけれど、今のわたしには考える余裕はなかった。頭の中が真っ白だ。額にまだ彼の感触が残っているのではないかと思えて、熱い。
ようやくレオンハルト様が立ち去って、扉が閉まる音が聞こえたけれど、わたしはしばらく動けなかった。
やがて、恐る恐る目を開ける。額にそっと指を当てると、恥ずかしさが再燃してきた。
「……どういうことなの……」
掠れた声が漏れる。罪悪感なのだと先ほど確信したばかりなのに、最後の口づけがその確信をぐらぐらと揺らしていく。
わたしは毛布を顔まで引き上げた。心臓の鼓動がまだ速い。雨音がやけに遠く聞こえる。
そして今夜、額に残った熱を何度も確かめていたせいで、十分に眠ることができなかったのだった。




