第20話
レオンハルト様と想いを通わせてから数か月が経った。ソメリアさんの治療とリハビリの成果があって、彼に支えてもらいながらであれば歩けるようになっている。
この日は、王城のパーティーに参加していた。以前ならこの場所に来るだけで苦しくて気分が沈んでいた。同乗の視線や気遣いの言葉、そして聞こえてくる話し声。
「お気の毒にね」「立派な婚約者様ね」「責任を取っていらっしゃるのよ」
そんな言葉に何度心を削られたか分からない。けれど、今のわたしは弱かったあの時とは違う。レオンハルト様に支えて貰っているとはいえ、自らの足で立って歩いているという事実が、わたしに勇気をくれるのだ。
彼は礼装に身を包んで、いつものように堂々としている。相変わらずかっこよくて、美しい人。彼は力強くわたしを支え、誇るように微笑んでいる。
「疲れたらすぐに言ってください」
「はい」
こそっと囁いてくれる彼に、わたしは小さく笑った。今ではもう、この距離の近さに慣れている。くすぐったいけれど、彼がそばにいてくれると安心するのだ。
二人で大広間に入ると、一斉に視線が集まった。これは避けることのできない視線だ。ただでさえ目立つ身分であるのに加え、最近はわたしの足の回復が社交界でも噂になっているらしい。
「セレナ様、以前よりもお顔色が良くなられましたね」
「リハビリが順調だとか。素晴らしいことだわ」
好意的な声もある一方で、変わらない声もある。
「レオンハルト様の献身のおかげですわね」
「本当に。ここまで支え続けるなんてご立派ですわ。責任感の強いお方ね」
大丈夫だと思っていたけれど、胸がちくりと痛んでしまう。やはり、まだ言われてしまうのだ。彼らの声は、以前までのわたしの思いと同じである。批判する資格はない。
わたしがわずかに視線を伏せたその時。レオンハルト様がぐっとわたしを抱き寄せて、口を開いた。
「違います。私は、責任感だけでセレナのそばにいるわけではありません」
一瞬、大広間が静まり返った。貴婦人たちが目を見開いている。レオンハルト様は穏やかな表情のまま、まっすぐと前を向いて、はっきりと言葉を続けた。
「私は彼女を心から愛しています」
心臓が、大きく鳴った。彼は声を張り上げたわけではないけれど、その声はよく響き渡った。
周囲のざわめきが聞こえる。驚きや戸惑い、そしてどこか羨望の混じった視線。
レオンハルト様はそこで止まらなかった。わたしの手を取って、見せつけるように指を絡める。
「彼女を愛しているのは、私の意思です」
新緑の瞳がわたしを見つめて、柔らかく細められた。視界が滲んで、緑が揺れる。
こんな場所で、こんなにも堂々と宣言するなんて。
レオンハルト様はわたしの手を引き寄せて、耳元で囁いた。
「セレナ。少しここを離れましょう」
その声はとても優しい。わたしは涙を堪えながら頷いた。
「……はい」
彼に支えられながら、大広間を後にする。背後ではざわめきが続いているけれど、もうどんな言葉も気にならない。だって、聞きたかった言葉は、たった今貰ったのだから。
レオンハルト様に促され、王城の来賓室のソファに座る。遠くから音楽が微かに聞こえていたけれど、彼が扉を閉めると、音は聞こえなくなった。
部屋には、二人きり。するとわたしの緊張が一気に解けた。
「レオン様……」
振り返ると、彼がわたしをまっすぐに見つめていた。さっきまでの堂々とした青年の姿ではなく、いつもの優しい彼の顔。
「すみません。突然あのようなことを言ってしまい、驚かせてしまいましたか」
わたしは首を大きく振った。
「嬉しかったです。すごく、嬉しかった」
声が震え、涙がこぼれた。レオンハルト様の表情が柔らかく崩れる。
彼はゆっくりと近づいて、そっとわたしの頬に触れる。温かい指が、わたしの目元をなぞった。
「泣かないで」
「無理です。だって、嬉しいから」
わたしは笑いながら涙を拭う。すると、レオンハルト様も笑みを浮かべた。その笑顔を見ると、胸がいっぱいになる。
わたしは彼に愛されているのだと、今では心の底から信じることができる。
「ずっと言いたかったのです。誰に何を言われても、あなたを愛しているのだと」
縋りつくように、彼の胸元をぎゅっと掴んだ。
「もっと早く言ってください」
「その通りですね。すみません」
二人で小さく笑った後、レオンハルト様が額を寄せてきた。互いの呼吸が混ざるほどに近い距離。心臓の鼓動がうるさいくらい鳴っている。
彼の瞳が揺れていて、いつもの冷静さが崩れているように見えた。そのことが、たまらなく愛おしい。
「セレナ。今、キスをしたら怒りますか?」
その問いで、一気に顔に熱が集まる。わたしの頬は真っ赤になっていることだろう。
怒るわけがない。むしろ——。
わたしは勇気を振り絞って、そっと目を閉じた。それが答えのようなものだ。
その直後、唇に柔らかな熱が触れる。とても優しい口づけだ。触れて、離れて、また触れる。まるで彼が、大切なものを確かめているかのように。
わたしが背中に手を回すと、レオンハルト様の腕がわたしを抱き寄せた。胸の鼓動が高鳴って、互いの熱だけが感じられる。
唇が離れたあと、わたしは息を乱しながら彼を見上げた。レオンハルト様の瞳は、蕩けそうなほどに甘く細められている。
「……好きです、レオン様」
呟くように言うと、彼は幸せそうに微笑んで、そっとわたしと額を合わせた。
「私も好きです。愛しています、セレナ」
そしてわたしたちは、もう一度強く抱き合った。




