第19話
わたしたちの関係は大きく変わった。一気に恋人のように甘くなったわけではないけれど、わたしたちの間にあった溝がなくなり、以前よりも距離が近くなった。
レオンハルト様は以前よりも笑うようになった。わたしも、気持ちを飲み込む前に口にできるようになった。そして何より変わったのは、彼の対応だ。
「ルーク、今日はもういい」
「え?」
車椅子を押してくれていたルークが驚いた声を出す。レオンハルト様は当然のような顔をして、彼とその場所を変わった。
「手が空いたので、私がセレナを連れて行きます」
「……承知致しました」
ルークに車椅子の操作を頼んでいても、こうしてレオンハルト様がやってきては交代している。ルークはもう慣れたようで、一礼して持ち場に戻っていくのだ。
わたしは振り返ってレオンハルト様を見上げた。
「レオン様。最近、ルークに厳しくありませんか?」
「気のせいです」
わたしがじとっと彼を見つめると、彼は少し視線を逸らして喉を鳴らした。
「……あなたが私以外の男と楽しそうに話していると、複雑な気分になるのです」
そう言われて、わたしは言葉に詰まった。彼はそんなことを、こんなに素直に言う人だっただろうか。
「嫉妬しているのですか?」
からかうつもりでそう言うと、レオンハルト様は堂々と頷いた。
「しています」
「そ、そうですか」
あまりに正直な言葉に頬が熱くなる。レオンハルト様は後ろから車椅子を押しながら、小さく笑った。
「セレナの困った顔を見ていると、楽しくなりますね」
「意地悪です」
「あなたほどではありませんよ」
その返しに、思わず笑ってしまった。
リハビリは順調に進んでいる。杖に体重を預けながら立ち上がる時、前のように恐怖を感じることは少なくなった。レオンハルト様がすぐ横に立って、倒れそうになったらすぐに支えてくれるという安心感があるからである。
「右足をもう少し前に動かせますか?」
ソメリアさんの指示に従って、わたしはそっと足を動かす。ふらりと身体が揺れたけれど、彼が腕を伸ばしてくれたから咄嗟に掴んだ。
「大丈夫です。何なら、私を杖にしてくれても良いのですよ?」
彼なりに元気づけてくれたのだろう。わたしは呼吸を整えて、身体を立て直した。彼のささえがなくても、わたし自身の足でしっかりと立つ。
「よくできました」
ソメリアさんが微笑んでくれる。わたしも嬉しくなってレオンハルト様を見上げた。彼の表情は誇らしげだった。その顔を見ると、やっぱり胸が温かくなる。
「今日は五歩くらい進めそうですね」
「五歩ですか?」
わたしが驚いていると、レオンハルト様はくすりと笑った。
「欲張りですね」
「誰かさんの影響ですよ」
ソメリアさんの返答が面白くて、わたしも笑い声を上げてしまった。
休憩の時間、温室の長椅子に並んで座る。レオンハルト様がわたしの汗ばんだ額を拭い、冷たい飲み物を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
微笑みながらそれらを受け取ると、彼は嬉しそうに目を細めた。彼はそのまま、わたしの隣に座る。
しばらく、心地いい沈黙が落ちる。わたしがぼんやりと花を眺めていると、レオンハルト様が何気ない様子で言った。
「この温室に鍵を付けるよう、お義父上に相談しようかな」
「え?」
思わず彼の顔を見ると、彼は真面目な顔をしていた。
「あなたと二人きりで過ごすには、少々人の出入りが多いですので」
「……レオン様?」
「いっそ結婚式を早めてあなたを私の家に連れて行き、屋敷ごと閉じてしまうのもありかもしれません」
「えっと……冗談、ですよね?」
わたしが乾いた笑みをこぼすと、レオンハルト様は首を傾げて微笑んだ。
「冗談ですよ。……半分くらいは」
きっと冗談ではないのだ。じっと見つめていると、彼は肩をすくめて困ったように笑う。
「そんな顔をしないでください」
「誰のせいだと思っているのですか!」
彼の笑顔は穏やかなのに、言っていることが時々とても危ない。
「レオン様は、わたしを閉じ込めたいと思ったこと、あるのですか?」
変なことを聞いてしまった。レオンハルト様は数度瞬きをすると、ふんわりと目元を和らげる。
「ありますよ。今も、思っています」
背筋にぞくりとしたものが走った。彼と距離を取ろうとすると、彼の長い腕がわたしの腰を引き寄せる。
「でも、実行はしません。あなたに嫌われたくありませんし……私は、あなたが笑っている方が好きなので」
その言葉に、心がじんわりと熱くなる。閉じ込めたいと思われていることは怖いけれど、彼の想いを知ることができるのは嬉しい。
「閉じ込めない代わりに、できるだけ私のそばにいてもらいますよ」
「もう。それは脅しですよ」
二人で顔を合わせて、同時に笑った。
ソメリアさんが「仲が良いのは結構ですが、休憩は終わりですよ」と呆れた声を飛ばすまで、わたしたちは楽しく話をしたのだった。
その日の夜。わたしとレオンハルト様はソファで寄り添って座っていた。
「今日はルークと何を話していたのですか?」
「彼が尊敬しているという騎士団の先輩のお話を聞きました」
「そうですか。彼と話したことは、今度から私にも共有してください」
「どうしてですか?」
「会話に参加したいので」
「理由はそれだけですか?」
レオンハルト様は美しく微笑んだ。
「……それだけにしておいてください」
理由はそれだけじゃないということだろう。彼の愛は時々怖いけれど、その愛を拒めなくなっている。
レオンハルト様はわたしの腰に手を回すと、そっと頭をすり寄せてきた。
「セレナ。もし私のことが必要なくなっても、捨てないでくださいね」
その言葉に、わたしは思わず笑った。
「ふふ。それはわたしの台詞です。わたしが面倒になっても、捨てないでください」
「セレナ。私の愛の重さを舐めないでください。あなたを面倒だと思う日は一生来ませんし、あなたが私のことを嫌いになっても手放しませんよ」
レオンハルト様はわたしの髪に指を巻き付けて、満足そうに微笑んだ。




