第一章03 「幕開け」
翌日、俺たちは待ち合わせ場所に指定した冒険者協会へ足を運んだ。
孤児院の外観が様変わりしたことで、一悶着あり頭が痛いことこの上ないがとりあえずは脇に置いておくことにした。
まずは確認することとして、リゼのスキル:勇者についてだが、あのワイバーン騒動の後に直ぐに冒険者協会に駆け込みスキル判定を行った。
判定結果はなし。
つまり、リゼはスキルを持たないローカラになったということだった。
原因は明らかだ。ハルキと名乗る者をリーダーとした3人組が武闘大会で盗ったということで間違いないだろう。
リゼはその事についてあまり気負っていないようなことを言っていた。
「着いてきてくれてありがとう」
リゼが冒険者ギルドに向かう道中に言ってきた。
「いいさ。そもそも病み上がりだろ?昨日も今日もで何かあったら大変だからな。付き添いくらいするさ」
「だから、ありがとうなの。あたしの事なのにね。変なの、少し気持ちが落ち込んでる?というより落ち着いてる?みたいな」
リゼは口元に指を押し当て、また自分の中を探るように言葉を紡いだ。
「それは勇者じゃなくなったからか?」
俺はつい4日前の事が思い浮かびリゼに尋ねた。
「わからないわ。まだ本調子じゃないのかも?」
「それはあるだろうな」
そもそも盗られたうえ、返してくれと言ってはい返しますとはならないだろう。それにハルキ達の動向も手がかりなしだ。今後の方針を決めるにしても情報が足りなさすぎる。
「これから会うのは、カレンさんだっけ?あの人何なのかしら?」
烈火のように赤い髪が脳裏をチラついた。
「それもわからないな。ただ言えることはワイバーンを一薙ぎにできるにできるほど強いということだな。あと何処から見ていたかは知らないが索敵も相当なもんだろう」
あの時はリゼに詰め寄り怖がらせていたのが勝ち、思わず怒気の孕んだ口調で対応してしまったが、改めて思い出すと背筋の凍る思いだ。
勢いって大切。
「そうよね。ワイバーンなんてこの辺りじゃ滅多に見かけないもんね。討伐してもらったワイバーンのお陰で監督者用の部屋の修繕も問題なさそうだしね?」
「怪我の功名というか、迷惑料でそのまま貰っただけだ」
俺はこの事に少しバツが悪いと感じた。
だが、飛び込んできたのかワイバーンもだがカレンも相当に屋根を吹っ飛ばしてくれやがった。そのまま貰ってもバチが当たることはないだろうと思い直した。
「あと、何故かリゼが勇者だと知っていた……いや、口ぶりから聞くと勇者を感じ取る何らかのスキルか?」
「元々は勇者を目指して来たみたいだしね」
「あといくつか気になることも言っていたと思うがもう後は直接本人から聞く方が良いだろう」
雑談をしている内に俺たちは冒険者協会の前に立っていた。
リゼも話しているうちに少し元気を取り戻したみたいだ。
ただ、そんな元気を取り戻したリゼを見ていると、胸の奥が妙にざわついた。
「さて、来たか」
冒険者協会で飲食ができるスペースがあり、そこに陣取ったカレンが俺たちが協会に入った瞬間に気が付き声を掛けてきた。
俺たちもカレンの方へ向かった。
「カレンさん先日は助けていただきありがとうございました」
それに応え、リゼが丁寧にワイバーンから助けて貰った感謝を伝えた。
「なに、構わないさ。リゼの、未来の勇者の為だ。これくらい手間でもない」
席から立ち上がり高らかにオーバーリアクションでカレンが受け答える。くるりと回るとリゼの手を取り、席を勧めてくる。
「さ、前置きはこれくらいにして、かけたまえ」
リゼはなされるがまま、そのままにカレンにエスコートされ、俺はその後に続くようにリゼの隣に座った。
「改めて自己紹介だが、私はカレン。シュヴァリエ・カレン・フレアノート。王家の剣としてのフレアノート家、今は戦地を離れ勇者を回収する任に就いている。そして、この子がセレナだ」
カレンが自分の自己紹介を軽く終え、
カレンの隣を見ると、そこには小柄な紫髪のオカッパの女の子がちょこんと腰掛けていた。
「は、初めまして。カレン様の従者をしています……セレナです」
セレナは初めこそこちらを伺いながら喋っていたが、最後の方は自信がなくなったかのように下を俯きボソボソと自己紹介を終えた。
「セレナは少し引っ込み思案でな、慣れたら喋るようになるが大体こんな感じだ」
カレンが手のかかる妹を見るような目でセレナを紹介した。
「それで、君が確かリゼだったね」
「そうです。改めて昨日はありがとうございました。リゼ・イエルディアです」
「リゼ、会えて嬉しいよ。そして、君は?」
「ロワイ・クリスタルハントだ」
「ロワイ、よろしく。そして、昨日はすまなかったな」
「そうだな。それに関しては俺はともかくリゼには怒る権利があると思うが、リゼは優しいからな。助けてもらった手前強くは言えないし、俺が怒るしかないだろ。だから、その謝罪は受け取っておく。そして、こちらからも助けてくれてありがとう」
カレンに対してというよりも、リゼに負担を掛けたくない部分が勝り少し刺々しい態度を取ったことを謝罪した。
「いいさ、気にしてない。しかし、この話はここまでにしよう。本題に入るとするか」
カレンが少し体勢を変え、鷹揚な雰囲気から真剣な眼差しへと変化したのを感じた。
「今現在私は勇者回収の任務に着いていると言ったが、我が国ルクスレガリアの歴史について少し触れなければいけない。そもそも勇者とはなにか?2人は知っているか?」
「「めっちゃ強い」」
俺とリゼは口を揃えて同じ感想を言った。知ってることではないがいいだろう。
「そうだな。めっちゃ強い。ただそれは表面的なことで本質ではないな。実際には、身体能力や魔力運用能力が極端に高くなりやすい。故にめっちゃ強い。ここまではいいか?」
それに対してカレンは茶化すでもなく、俺たちの言葉そのままに勇者の説明を続けた。
「はい」
「宜しい。では、ここからは勇者の真に秘めたる力の本質の話だ。勇者とは魔を祓いし者のことだ」
これを聞いて俺もリゼもぽかんとしてしまうが、カレンもそれをわかっていたようでそのまま続けた。
「初めの勇者が現れてから約500年経った。実はリゼが勇者として現れたように、勇者は現れては消えてを繰り返している。では何故消えるのか?まぁ、つまりは死んでいるのだが、そのほとんどは殺されている」
カレンが言い淀むように少しの間を持った。
「……魔族にだ」
その発言を聞いた瞬間に脳が理解を拒むように、場の空気さえもがヒンヤリと下がった気がした。
「……え?なんだって?」
俺は殆ど反射的に言葉を返していた。魔族だと?
「知らぬことも無理はない。勇者の歴史を紐解くことがなければその存在が示唆されることはまずないからな。そもそもの話で言うと、この世界にダンジョンと言われる魔物の巣窟が出来たのも1000年ほど前のことだ。正確な時期はわかっていないがな。その後時を経て500年ほど前から魔族はその最奥から現れたとされている」
「つまり、勇者と魔族はセットで現れたということですか?」
「そういうことだ。知性なき魔物に、知性あり魔族。勇者の存在は国の中で祭り上げられ、その発展に大きく貢献して来ている故にお前たち大衆の知るところにあるが、魔族はひっそりと現れては当代の勇者たちの命を奪っている」
勇者。
魔族。
まるで吟遊詩人の御伽噺みたいな単語が並んでいるのに、カレンの目は冗談を言っているようには見えなかった。
「そうだったのか。物騒な話だな……」
冒険者を志し、ダンジョン攻略へ乗り出そうとしている俺とリゼだ。実はそんな勇者を率先して殺しに回っている存在がいるなんて思ってもみなかった。
「当然勇者もやられっぱなしと言う訳ではない。世界に傷跡を残しながらからくも撃退に成功した事例も存在する。例えばルクスレガリアの東に位置するイグニルーンの渓谷は今でも夜空にノクシアが昇り満ちる日には魔法の炎が灯る地として有名だと思うが、あそこはかつて勇者が魔族との大戦を広げた跡地だ。大戦後も勇者の力が色濃く残ってしまい普段はアンデットが蔓延る渓谷だがノクシアが満ちている日だけはあんなに安全な場所もないくらいだ」
「イグニルーンの話は聞いた事あります。普段はおどろおどろしいほどにアンデットが湧いている場所ですよね。そっか、そういう言われがあるんですね」
「その通りだ。話が逸れたな」
手元のカップを手に取り1口あおるとカレンは話を続けようとした。
「カレン様……。お、おふたりにも何か飲み物を持ってきましょうか?」
そこでおずおずといった体でセレナがカレンに話かけた。気が利く。
「おお、すまない。気が回らなかったな。セレナ頼んだ」
「はい、承知しました」
とてっと軽い調子でセレナが椅子から降り立ち、カウンターの方へと姿をけした。なんとも可愛らしい動きだ。
「続けようか。なので、勇者とは魔を祓う者なのだが、その逆で魔族に滅ぼされてしまう存在でもあるということだ。ただし、圧倒的な強さを持つ勇者は非常に価値が高い。そこで国は勇者を見つけ教育を施し強さに磨きをかけてもらう為に私みたいなのが派遣され勇者を保護しているというわけだ」
カレンは一通り話し終えたのか、1呼吸ついたように、体勢を後ろに少し下げた。
「そうだったんですね。えーっとでも、私はどうだろう……」
ただ、それを聞いたリゼの反応はあまり良くない。先程リゼから聞いた話ではリゼは既に勇者ではないからだろうと思われる。
「何かを迷っているのか?」
狼狽するリゼへ、それを知らないカレンからは見当違いの質問を投げられるが、リゼはそれを否定する。
「いえ、そうではなくてですね。私は既に勇者ではないらしいので」
「昨日もそんなことを言っていたな。具体的にはどういうことなんだ?再度になるが私のシックスセンスが君からは勇者だと判定が出ているぞ」
今度は取り乱すことも無く落ち着いてることをアピールするようにカレンがゆっくり、だが確実にリゼに話しかける。
「その、なんと言ったらいいのかわからないんですけど、盗まれたんです。スキル:勇者を」
リゼも事態を飲み込めていないせいもあり、紡ぐようにカレンに先日の成人の日の武闘大会のこと、ハルキたち一行のことを伝えた。
「なるほど、そんなことがあったのか。にわかには信じがたいので、1度スキル判定をさせてはくれないか?」
「それは構いませんが、実は昨日も測定してみたのですが結果は変わらないと思います」
「それはいいんじゃないか?実際に目で見てみないと信じられないこともあるさ」
俺とリゼがそうであったように、カレンにも見てもらう方が早いだろう。
そこへ足早に帰ってきたセレナが俺とリゼの前に2つのカップを並べてくれた。
「ど、どうぞ……」
これもまたおずおずと言った感じで消え入るような声でセレナが言って、にじり下がっていく。うーん、まるで小動物かなにかだ。
「セレナ。いい所に帰ってきたな。すまないが、協会に言ってスコープリングを借りてきてくれ」
「はい、承知しました」
カレンに命令されたセレナは花が咲くような笑顔を見せて、そのまま今度は受付の方へ姿を消した。
なんだろう、そういう扱いなのか、わからない。わからないが、セレナは嬉しそうなのでいいのだろう。
程なくして、少し雑談をしているとセレナが帰ってきた。
「カレン様、借りてきました。魔石はこっちで用意してくれとのことです」
「そうか、わかった。ありがとう」
カレンがセレナから手のひらサイズの黄色に鈍く輝くリングを受け取ると、それを今度はリゼに向けた。
「さぁ、リゼ。手を出してくれ」
リゼもスコープリングの使い方はわかっているので、言われた通りに腕を前に出した。
「セレナ魔石を出してくれ」
「はい、こちらに」
カレンが手を出すと既に準備をしていたセレナが小ぶりな黒い魔石を1つ渡した。
恐らくゴブリンから出てくる物だろう。
リゼの手のひらにスコープリングが乗り、そのリングの中に魔石を落とす。すると、そこには何も浮かび上がらない。いや、正確には浮かび上がっているのだが、その中身が空なのだ。
「何故だ、これは……」
俺とリゼは既に見た結果なので、特に驚きもないが、何らかの確信を持ってカレンはリゼを勇者と断定していたので、その驚きから抜けきれないのであろう。
「そういうわけなんです……」
何故かリゼが申し訳なさそうに、カレンに謝っていたが、これが事実なので仕方がない。
「ふむ、正直この目で見るまで信じきれていなかったが……いや、一体どうするか」
一人で思考の海に沈んだカレンを横目に、俺はリゼに話しかける。
「そもそもの話なんだが、リゼは勇者を取り戻したいのか?」
「確かに昨日は無くなってホッとしたとは言ったけど、その後にスキル判定したじゃない?それで、実際に無くなってしまったんだ、って実感したんだけど、やっぱり取り返したいよ。元々がローカラで、それでもロワイと一緒に強くなって、やっと武闘大会で追い越したと思ったのに……。たぶん、今また力で押されたら負けちゃうからね。悔しいよ。どんな形でもロワイの隣に立てる力だったのに……」
「リゼ……」
俯いたリゼとの間でしんみりとした空気が流れる。しかし、チラリとリゼが少しだけ視線を上げたことで確信した。
「いや、待て待て、しんみりと後悔が滲むいい話風にするな。俺は確かにハイカラで剣士だが、それは所謂ダメ剣士と言われるスキルで身体能力にそれ程差があるわけじゃないからな!?」
「あーら、そうだったかしら?強くなったせいで忘れていたみたいね!」
「うるせぇ!今は俺のが強い!1回勝ち越したくらいで調子づくな!!」
「1回は1回だもの!あーこれからはリゼ様のことをしっかり敬って貰わないと!」
「お前……!それが本音か!武闘大会の後から妙にしおらしいと思っていたが、とうとう本性を表したな!!」
「私だって悩んでたのよ!あと!お前って言わないで!!」
キーンとリゼの声が響き渡り、シーンと少しの時間が流れた。
「ふ、ハッハッハ!!」
「あ、フフフ!」
そして、そこから2人して可笑しくなり爆笑した。周りの目も気にせず俺とリゼは笑い続けた。
そんな俺たちをカレンは少し眺めていたが、ふっと口元を綻ばせると、俺たちに声をかけてきた。
「少しいいか?元々はリゼが勇者だった場合は強制送還で王都入りだったのだが、今のやり取りでなんとはないが君たちの関係性が見えてきた。リゼだけではない、ロワイ、君もだ。どうだろうか、強さに渇望がある、盗られた勇者のことがある、そして、討つべき敵がいる。勇者としての待遇は期待されても出来ないが、私と一緒に当初の通り王都へ向かい強くなるというのは?」
その誘いは俺の気持ちを向陽させ、ドクっと心臓が跳ねる様な感覚を覚えた。




