第一章02 「強襲」
それからは大変だった。
倒れたリゼの安否を確かめるべく、大会のために用意されていた医療魔術班が慌ててリゼを診てくれた。
俺も診察を受けたが、そんなことよりもリゼを助けてほしかった。
結局、謎の3人組の正体はわからずじまいで、そもそも何をしに来たのかすらよくわからなかった。
最後に少しだけ零して言った、勇者の結晶のスキルオーブ。それそのものを鵜呑みにすると、リゼの中からスキルオーブなるものを盗られたということになる。しかし、スキルオーブを取り出すなんてこと果たしてできるのか……?
しかし、現実にそれらしいことは行われたがまだリゼの目が覚めておらず、確認もままならないまま、3日が経過していた。もし、本当にスキルが盗られてしまっているなら、スキルを判定すればわかる話だ。
俺はここ3日は気が気ではなくて、普段の仕事の街の哨戒護衛を休んでいる。何ができる訳ではないが、リゼの傍に居たいと思っていたからだ。
俺は手に桶を持ち、気を失っているリゼの元に戻った時だった。
リゼのまぶたがゆっくりと動いた。
「……リゼ?」
小さく呼びかけると、彼女の空色の瞳が薄く開き、俺を見つめた。
「……ロワイ?」
その声を聴き、ほっと安堵のため息をついた。
しかし次の瞬間に俺の心臓が跳ねたような感覚がした。
目覚めたリゼの体から、目に見えない何かが迸り、体を突き抜ける波動のような衝撃を受けた。
なんだ今の感覚は……?それに甘い薫りだ。体の奥底からうずくような渇望。喉が焼けるように渇いた。 何かを欲している。 それが何なのか、自分でもわからなかった。
思わず口を抑え蹲りそうになったが、一瞬の出来事だったので俺はすぐに落ち着きを取り戻しリゼに語りかけた。
「リゼ……大丈夫か? 」
「もう、大丈夫よ。大会はどうなったの?アイツらにやられて……何をされたの?」
声は弱々しく少しかすれていたが、意識がハッキリしていくのを感じた。
「まずは落ち着け。聞きたいこともあるだろうが、今、院長先生を呼んでくるから。話はそれからにしよう」
「うん…、わかった」
俺は年長者が使える監督者用のリゼの個室から出た。後ろ手に扉を閉めた後に、何気なく窓の外を眺めると、空は澄み雲ひとつない青空が広がっていた。リゼも目覚めてどうやら俺もやっとほっと一息つけたらしい。どこか緊張していた体が解れるのを感じた。少しの欠伸を噛み殺し、その足で院長先生の部屋に向かおうとしたその時にふと、外へ違和感を感じた。遠くから風切り音が聞こえる。まるで、鋭い翼で空気を掻き切るようなそんな音だった。気になり視線を巡らせると一筋の雲が見え、それがどんどん近づいてくるではないか。
「おい、おいおいおいおい!!!!」
半分弛緩していた俺の中の緊張が一気に張り詰めた。
俺は体当たりするようにリゼの部屋のドアを開け、叫んだ。
「伏せろッ!!」
叫ぶと同時にリゼに覆い被さるように体を入れた瞬間だった。
ドォンッ! という轟音と共に、監督者用の屋根が吹き飛ばされた。
パラパラと俺とリゼの頭上に破片などが落ちてくるがダメージはなかった。
風が舞い突風と共に現れたのは、鋭い眼光を持つ赤茶色のワイバーン。しかし、その目は明らかに血走っており、屋根に突っ込んだ反動で目を回したのか焦点が定まらないのか辺りを見回している。
リゼが心配だが、片時もワイバーンから目が離せない。
「どうしてこんなやつが……!?」
ワイバーンは亜竜種ではあるが、立派な竜だ。
普段は空の高いところを飛んでおり荒野に出れば狩のタイミングで目に入ることはあるが、
街中で見かけることは全くないと言っていいほど稀だ。
ワイバーンは大きく、俺の背丈の倍くらいはあろうか、見下ろされる威圧感も相応に強く感じる。
普段は腰に剣を吊るしているが、生憎と気が乗らなかったなどと言う理由で怠っていた。
全く、腑抜けていたいたのだ。
俺はリゼの前に立ち、ワイバーンと対峙する。状況が飲み込めないでいて、睨みつけることしか出来ず、そうこうしている内に混乱から目を覚ましたワイバーンが明らかにリゼに標的をつけ威嚇をしてきた。
くるっ!!
どっ!っと前傾姿勢になったワイバーンが地を這いずるように突っ込んできた。
ただ、ワイバーンはリゼしか視界に入っていないのか俺の事を明らかに無視して突撃を敢行してきた。
「舐めるなっ!!」
俺はワイバーンの鼻面に拳を叩き込み、真っ直ぐ突っ込んできたワイバーンの軌道を僅かにそらし、壁に叩きつけた。
殴りつけた拳が割れて血が吹き出す。いてぇ。
リゼしか視界に入っていなかったおかげか上手くカウンターを決められた。
何とか凌いだが、ワイバーンは壁からのそりと立ち上がってくる。明らかに決め手に掛けている。
だが、今はこれでいい。ここはルミナスの端とは街の中だ。それなりに大きな街であり、これ程の大きな音が響けば自衛団が直ぐにでも駆けつけてくれるはずだ。
とにかく、時間を稼げばなんとかなると言う発想の元、立ち上がったワイバーンに再度向き合い腰を落とした。落とした腰が心許ないが、無い物ねだりをしても仕方がないというものだ。
「来いよ、トカゲ野郎!!」
負ける気は毛頭ない。時間は稼ぐがこのまま殴り殺してやる。拳が割れようが関係ない。気合いを入れて俺も大声で吠えた。
あいも変わらずワイバーンは一心不乱にリゼだけを目掛けて突っ込んでくるので、俺としてはかなりやりやすかった。このまま、またカウンターを叩き込んでやる!来る痛みに耐える為に歯を食いしばった、その時だった。
ザンっ!!
突如天井を突き破って現れた人物が、ワイバーンの首を斬り落とした。
漆黒の外套に身を包んだ女が大ぶりのバスターソードを携え言った。
「王都より派遣された、シュヴァリエ・カレン・フレアノートだ!勇者が現れたと聞いてな。どうやら間一髪のようだったな!」
炎を纏いて現れた鮮烈な赤髪を振りまき、シュヴァリエ・カレン・フレアノートは堂々と宣言した。
俺はというと虚をつかれた形になったが、とりあえずは、
「助かった……」
と、呟きその場にへたりこんだ。
「あの、ありがとうございました」
へたりこんだ俺の代わりに、倒れ伏していたリゼが起き上がりカレンへ話しかけていた。
「見た瞬間にわかったぞ。君が勇者だな。やっと見つけられて良かった」
「え?どうしてそれを?」
「とある伝でな、ルミナスに新たな勇者が現れたと聞いたのだ。君は知らないとは思うが我が国は勇者を王都へ召喚している。どうやら何か込み入っていそうなのはわかっているが、悪いが拒否権はないと思ってくれ」
「ちょ、ちょっと待ってください。多分ですけど、私もう勇者じゃないです」
カレンの言い分に口を挟むリゼ。王都に呼ばれること自体は本来喜ばしいことだが、リゼの言っていることにも俺は引っかかった。
「……なに?」
カレンが怪訝な表情を浮かべる。
「感じないんです。スキル:勇者を」
「そんなハズはない。私のシックスセンスは確かに君を勇者だと認識している」
カレンが詰め寄るようにリゼを問い詰めようとしてきたので、俺は立ち上がり口を挟んだ。
「少しいいか?その事でリゼにも話しておきたいことがあるんだ」
「君は?」
「俺はロワイ。で、あんたが勇者だなんだと言っているのがリゼだ。悪いが場所を変えないか?ここは孤児院で他にチビ達も怖い院長先生もいる。だが、残念なことに今現在半壊していてね。重要な話になりそうだ。そうだな、リゼもさっき起きたばっかりだし、明日にでも出直してくれないか?通りの大きな建物に冒険者協会があるから正午にそこに集合しよう」
「なるほど。歓迎されていないのは理解した」
「悪いな。助けてもらったのに」
「いいさ。物のついでだ。街中でワイバーンが暴れていたら助けもする。では、失礼しよう」
そう言うと、カレンはドアも何もかもを無視して入ってきた天井から外套をはためかせ、また姿を消した。
嵐が去ったようだ。床には半開きで白目を向いたワイバーンのお頭とそのすげられていた胴体が一対転がっている。天井には見事な青空が広がり、昨日までの生活感が嘘のようだった。
これ、本当にどうするんだよ……。
脱力感に見舞われながら周囲を見回すとリゼと目が合った。
「ありがとう。ロワイ。助けてくれたのよね?」
「半分は八つ当たりみたいなもんさ。確かにリゼに詰め寄る姿に腹が立ったのも事実だけどな。空気ってやつが読めないらしいし、確認しなくちゃいけないこともあるみたいだからな。リゼ、やっぱり勇者じゃなくなっているのか?」
「ああ、そのことね。私もよくわからないからそのままの事を言うんだけど、私の中にあった、力?みたいなのを全然感じないのよね。スキル:勇者を授かった時には自分の中からフツフツと湧き上がる何かを感じたのだけど、それが消えてちょっとスッキリしたというか。ほら、新しい家具とかを部屋に置いた時にテンションあがるけど、まだ馴染んでない違和感?みたいなそういうのが消えた感じなのよね」
リゼはあちらこちらに視線を巡らせながら、自分の中と表現を答え合わせするように話してくれた。しかし、
「なるほど。よくわからん。だが、今の話で合致することがある。リゼが倒れた例の事件なんだが、ハルキと名乗る輩がリゼから何かを盗ったみたいなんだ。それがスキルオーブというものらしく今のリゼの話と統合すると、半信半疑だったが、本当にスキル:勇者を盗られたということらしい」
「ロワイ酷くない?こんなにも丁寧に説明してるのに!よくわからないなんて!」
「悪い悪い。あ、いや、でも問題はそこではなく……」
「まぁ、スキル:勇者がなくなったのは残念よ。そもそも人の物を盗るなんてどうかしてるわ!ただ、私も持て余していたのは事実だったのよね。今後使いこなせるように頑張ろうっ!って意気込んでいた時にこれでしょ?だから、ちょっと実はほっとしたのよね」
「そうだったのか」
口先だけかも知れないが、リゼは相当に落ち込むだろうと思っていたのが、起きて話をしてみてはこれだったので、俺は安堵して胸を撫で下ろす思いになった。
「ま!ロワイにスキルの力だけで勝ったと思われるのも癪だしね!スキル:勇者の力で筋力も上がっていたみたいだし、今度はしっかり実力で勝つよ!!」
「ちょ、それが本音かよ!!」
ケラケラとリゼが笑い場が完全に弛緩した。
「ロワイも私に力負けしたことを根に持ってたんでしょ!」
「そ、そんなことないぞ!」
図星だった。
リゼは庭の方へ進み、窓辺だった辺りに立った。今はどこからが床だったかも少し怪しいが、くるりとひるがえり、リゼは言った。
「でも、ちゃんと助けてくれてありがとうね。ロワイ」
「なんだよ、そんなことか。どういたしまして」
急に恥ずかしさが勝り、顔が熱くなるのを感じたが、大仰に頷きながら俺は答えた。
俺の力では及ばなかったことばかりで、申し訳ない限りだが、今はリゼの感謝を受け取った。
次は俺の力でリゼを守る。大会の時は確実に負けていたが、そうこうも言っていられなくなっていくことを俺は感じていた。
ハルキの乱入からカレンの登場に大きなうねりにリゼが巻き込まれていくのを間近で見て、
その流れに巻き込まれていくことを。




