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第一章01 「盗人と勇者」

成人の日。 子どもから大人になるという儀式の日。

そして、ここ【ルミナス】の武闘大会の日でもある。 子どもたちは育った街に「これからは一人でも生きていける」という証として、 闘える者もそうでない者も「自分がここまで大きくなりました」という報告も兼ねてのお披露目イベントだ。

俺も今日16歳となり成人となる。 日々冒険者を志し、鍛錬を怠ってこなかった。同世代でも実力者として知られ、優勝候補として名高いとされていたが、俺の前に立ちふさがるのは幼馴染のリゼ。 何故かと言えば、やつは勇者だからだ。 成長の過程でスキルに目覚めることがある。そして、リゼが目覚めたのが勇者というわけだ。

「さあ!本日のメインイベント!!勇者リゼと剣士ロワイの一戦だ!!」

「合ってるけど、ネームバリューが釣り合ってないなぁ」

一人ごちる。 ただ、気負わなくていいのもまた事実だ。

一歩前へ足を踏み出す。 浴びる歓声。 集まる衆目。 足を進める度に緊張はほぐれて行くのを感じた。 腰の模擬戦用の木剣に手を触れて、俺はリゼと対峙した。

「よ!お互いに万全とはいかないが、全力を尽くそうぜ!」

「そうね。でも、トーナメントでギリギリの戦いを続けてたのはロワイの方だけど?」

「はっ!関係ないね!鍛え方が違うんだ」

「あら、そう。それなら見せてもらおうかしら?」

一陣の風が闘技場を駆け抜け、リゼの長い金髪をその風に乗せてたなびかせる。

透き通った澄んだ空を思わせる相貌をキリリと細め、その視線の先には俺だけを収めていた。

ゾクリとするね。解れた緊張が高まるのを感じる。

おもむろにリゼが木剣の切っ先を俺に目掛けて伸ばして挑発する。 これがリゼのやり口だ。 口先で煽って判断を鈍らせる。 凡そ勇者の勇気ある戦いとは言い難いが、それもそのはずだ。 リゼがスキル:勇者を得たのはごく最近の話で、それまではスキルを持たないローカラとして足りない力を補う為の戦い方をしてきた。

俺は安い挑発に乗った心を落ち着ける。 こいつとは何度も手合わせしてきた。 勝つこともあったし、負けることもあった。 戦績は五分五分よりも少し俺に軍配が上がる。だからこそ、この場では今日だけは、負けたくなかった。

「いいぜ。来いよ!」

心を落ち着け、興が乗ったフリをして、剣を前に構えた。

「両者出揃いましたね!では、試合スタートです!!」

銅鑼の音が鳴り響き、間髪入れず俺は強く踏み出した。 俺の切っ先がリゼの構えた剣に触れ弾く。 そのまま下がった木剣を構えずにタックルをかまそうとするが、弾いたリゼの剣が下からせり上がってくる。 間一髪の所で体を捻りその一閃をかわした。 続いて、ぶんっと耳元で風切り音が響いた。

「危ねぇ!やっぱりそのわかりやすい剣の構えは囮か!」

「あら、わかってて突っ込んできたのだと思ったわ」

「相変わらずってわけだ」

俺は少し下がり距離を取ってから再び剣を上段に構え直した。 さて、ここまでは挨拶のようなもの。 いつものようにいくならば鍔迫り合いに持ち込んで力で押し切るのだが、毎度毎度上手くいくわけでもないので、そこは工夫が必要だ。

リゼも今度は上段に剣を構えている。 やはり、先程の突き出すような構えは囮のための小技のようなものだったか。 ふと、思いついて俺は剣の構えを変えた。

「その構えは私の真似ってわけね?」

そう、俺は上段に構えていた剣を真っ直ぐリゼに向けて突き出すように構えた。

「そういうことだ」

「せっかくだもの、見せて貰いましょうか!」

言い切るや否や、リゼは勢いよく飛び出した。 俺は見ている。リゼの視線は剣の先を捉えている。 この一瞬、たった一手で試合の流れを奪えるかもしれない。 俺の中で集中が極限まで高まる。 心臓の鼓動が耳の奥で鳴っている。 視界が、リゼの動きだけに絞られていく。

剣はそのままに、先行で体を捻りこむ。 そしてリゼの剣が俺の剣に触れるその瞬間に、捻りの力を利用して体をコマのように一回転させる。 弾かれた剣を体の回転に後追いでムチのように一回転させ、そのまま突っ込んでくるリゼに一閃を叩き込んだ。

と、思われたが——

「浅い!かすっただけか!」

「なんて軌道で降りかかるのよ!」

にじり、とリゼが上半身を逸らしながら俺の剣が撫でた軌跡に目線を配る。 頬に少しだけ触れた剣の勢いで血が一筋垂れた。

「元々何かあると思って構えてなかったら危ない攻撃だったわ」

「くっそー!もう少しで良いのが入ったのになぁ!」

「惜しかったわね」

リゼは乱れた心を落ち着けるように剣を構え直した。

「どうやらそのようだ」

俺も習い剣を構える。 遠くに歓声が聞こえていた。 まだ、試合は始まったばかりだ。 決勝戦は時間制限もないので思う存分戦える。



幾度かの切り結びがあり、ただお互いに決定打に足り得ない攻防が続いた。

「ハァハァ……いい加減倒れてくれないか?」

俺は息も絶え絶えで、鍔迫り合いをしながらリゼに聞けないであろう提案をする。

「そ、その言葉そのまま返すわ……!!」

リゼも荒い息を吐きながら力で押し返してくる。 だが、 この膠着した鍔迫り合い。つまり、技量とパワーが拮抗していれば問題はないがパワーは俺に分があり、鍔迫り合いからリゼに負けたことがないのだ。

気合いを入れてリゼを押し倒す勢いで吠える。

「うぉーーーー!!!」

「はぁぁぁぁぁ!!!」

リゼもわかっているのだろう、この形から勝てたことがないのが。 鬼気迫る勢いで負けじと押してくる。 音は遠く、目の前のリゼにだけ集中する。

が、しかしここで俺が僅かに押し負けていることに気がついた。

なぜだ。

負けたことのない勝ちパターンから外れ始め、競り負け始めたら後は崩れるだけだった。

「はぁー!!!」

リゼの気合いに衝撃波のような力が乗ったようにさえ感じた。 俺はそのままバランスを崩し、後ろに倒れ剣を落とした。

ピシッと目の前に剣を突きつけられた俺は。

「参った。降参だ」

肩で息をしながらリゼに、そして会場のみんなに告げた。

うぉー!っと会場が歓声に包まれる。

「決まりましたぁー!!!優勝は勇者リゼだぁぁぁぁぁ!!」

司会の大声が響き、会場のボルテージが更に上がった。

サッと剣を下げたリゼが手を差し伸べてくる。

「これで私の勝ち越しね!」

「嬉しそうに人を助けてんじゃねーよ」

リゼの手を取り、そのまま立ち上がる。

「くっそー、まさか力押しで負けるとは思ってなかった」

「それもこれもスキル:勇者のお陰かもね。ローカラの頃ならとても今のを力で押し返せた自信はないわ」

「なんてこった。次からは勝ち方を考えないとな」

取った手を下に、握手の形で笑顔のリゼと向き合う。 それに釣られて俺も負けたというのに清々しい気持ちで笑みが零れた。


「両者大健闘でしたね!どっちが勝ってもおかしくない展開に私興奮を隠しきれません!!」

司会のノーラスが鼻息を荒く、俺たちに近寄ろうとしてきた。

ヒーローインタビューのつもりだろう。 俺もリゼもそれを受けようとノーラスに視線を巡らせていたところで、ノーラスがガンっと何かにぶつかったようによろめき、鼻を押さえた。

「あいたた……なんだこれ……?」

「どうしたんだ?」

俺とリゼは様子がおかしいノーラスに近寄ると、ノーラスが何もない空間を指さした。

「ここに、何か壁?のようなものがあるみたいだ」

「壁……?」

慎重に手を伸ばしながら前に進むと、確かに“何か”に触れた感覚がある。 透明で、硬くて、でも見えない。 触覚はあるのに視認できないのが、妙に不気味だった。

「ノーラスはこれにぶつかったの?」

リゼも同じように壁を触って、辺りを見回す。

「どうやらそうらしい」

俺は壁に沿って手を当てながら横に移動する。 すると、すぐに気がついた。

「この壁、真っ直ぐじゃない。少し湾曲している……もしかして、円状に囲まれてるのか?」

「囲まれてる……?」

「つまり、俺たちは今、閉じ込められてるってことかもな」

「何それ、演出じゃないよね?」

観客の歓声はまだ届いている。 誰かが叫んでいる気配もある。 でも、この壁があるせいで、何か決定的に遮断されているように感じた。

その時、シュッと空気が裂けるような音の後に、突然三人の人物が現れた。

「よっしゃ!分断成功!!」

「そうは言っても、目的の勇者ちゃん以外に一人余計なの取り込んでるけど?」

「ご、誤差や。そんなん!」

三人は奇妙な光沢を放つ白いコートを着ていて、その姿は一見するとまるで旅人のような出で立ちだった。 雰囲気にはどこか、ただならぬものを感じ、 敵意があるとも言い切れないが、警戒をするには十分すぎるほど異質だ。 一歩前に出た長身の黒髪の男が、仲間の二人を軽く制す。

「なってしまったものは仕方ない。さっさと始めよう」

その男に手を差し伸べるように、銀色の髪をした小柄な女が声をかけた。

「ハルキ、始める。準備いい?」

ハルキと呼ばれた男はその手を取る。

「天秤の理。アンフェア取引」

一言、そう唱えるように言い銀髪の女が輝いたかと思うと、その光はハルキの方へと流れ込んでいった。

「ありがとう、楓」

ハルキと呼ばれた男がひとつ嘆息した。

「そこの勇者には恨みはないが、目的を果たすためだ。悪く思うなよ」

「え、それってどういう……?」

「おい、いい加減話が見えないぞ!どういうことだ!」

俺が吠えるように問う、するとハルキはまっすぐこちらを見据えて言った。

「それは、こういうことだよ」

ダンッ!

足元が震えるほどの衝撃音。 次の瞬間—— リゼが苦悶の声を上げた。

「ぐっ……ぁあああっ!!」

ハルキの手が、リゼの首を掴んで持ち上げていた。

「なっ……!?」

速い。 言葉にするよりも先に、本能が反応していた。 リゼの悲鳴に脳が追いつくより早く、気がつけば俺は足を地に蹴りつけ、手にした木剣を振り上げ、ハルキに向かって全力で飛びかかっていた。

「やめろおおお!!」

もう一歩で届くその瞬間、

「少しそこで大人しくしていてくれないか?」

振り下ろそうとした剣が空中でピタリと止まった。

動かない。 見えない力に、剣が固定されている。 力を入れても、びくともしない。

「くっ……ふざけるな!!」

咄嗟に剣を捨て、素手で殴りかかろうとするが、今度は肩から先が完全に動かない。

「……あんまり、こういうの得意じゃないんだけどな」

ハルキが、どこか申し訳なさそうに、あるいは淡々と呟き、宙に浮いた俺の木剣をまるでお返しのように、俺の腹へ横薙ぎに振り下ろした。

「ぐあっ……!!」

その一撃で、俺の意識が一瞬だけ飛んだ。

「ロ……ロワイ……っ」

かすかに届く、リゼの声。 その視線の先で、リゼはまだハルキの手に掴まれている。

その手に、黒いモヤがじわりと集まりはじめた。

闇が、まるで生きているかのように蠢き、じわじわとリゼの身体へと這い伸びていく。 首から、肩へ、胸元へ。

「う、ぐっ……くぁ……っ」

リゼが苦悶に顔を歪め、必死に足をバタつかせている。 俺は必死に体を起こそうとするが、さっきの一撃のダメージが重く、力が入らない。

「……やめろ……やめろって言ってんだろ……!」

声にならない叫びが喉の奥で詰まりそうになる。 そのとき——

「おい!お前ら何をしてるんじゃ!!」

野太い怒声とともに、空間が振動する。 声の主は、俺となじみのある戦士ウルリックだった。ウルリックはタルのような体で勢いよく闘技場の俺たちのところまでくると肩に抱えた戦斧を構えた。

「ウ、ウルリック、気をつけてくれ。その辺に見えない壁がある」

「これのことじゃな。どれ! ふんっ!!」

ウルリックが当たりをつけた空間の壁に向かって巨大な戦斧を叩きつけた。

ドゥワァンッ!

しかし、大きな衝撃が走り、戦斧が弾き返され、巨漢のウルリックが尻もちをつく。

「なんじゃこれは!」

「あはは、ごめんな。こっちとそっちで今は断ち切らせてもらってるんよ。ちょっと大人しくしててもらおうか?」

パステルピンクの髪の女が、見えない壁に隔たれたウルリックの反対に現れた。

ウルリックが唸りながら立ち上がるが、状況を把握できていないようだ。

「桜ぁー、暇してるならこっち手伝ってくれないか?」

「べ、別に遊んでるわけちゃうからな!?」

「わかったから、そいつ見といてくれ。まだ食ってかかってくる。そんな気がする」

パステルピンクの髪の女──桜。 その口調と立ち居振る舞いで、そう呼ばれているのだとわかった。 彼女は俺に向かって、余裕のある足取りでゆっくりと歩み寄ってくる。

「まぁ、もう終わるさかい、そのまま大人しく待っといてなぁ」

「……ふざけんな……!」

噛みつくように叫びながら、腕に力を込める。 だが、踏ん張りが効かない。自分の体自身がまるで別の生き物のように命令を拒んでいる。

それでも俺は、這うようにして桜に食ってかかろうとした。

「おい……てめぇら、一体何が目的だっ……! リゼを、返せよ……!!」

怒鳴ったつもりが、声はかすれていた。

「おっと、あかんあかん。ほんまに元気やな、あんた」

桜がしゃがみ込み、俺の顔をのぞき込んできた。 その表情は、やっぱり余裕に満ちていて、どこか呆れも混じっている。

「さっきも言うたけどなぁ、もう終わるさかい。そのまま、大人しくしててな。整えたとはいえ、イレギュラーはなしで頼むわ」

桜がちらりとハルキの方を見やった。 その視線だけで、あの状況が最初から自分たちの思い通りだったことを悟らされる。

「せやけど、あんたもなかなか根性あるわ。こんな状況でまだ噛みついてくるとはね」

言いながらも、桜の口調はどこか楽しげだった。 そのとき、ハルキから諌める声が飛ぶ。

「桜、しゃべりすぎだ」

桜が上げた肩を下げ、すくめて返す。

俺は歯を食いしばり、立ち上がろうとした。しかし、それ以上の言葉も力も、今の俺にはなかった。

「だが、お喋りもお終いだ。見つけた」

ハルキの声は静かだった。 淡々としていて、どこか無感情で。 それが逆に、確かな決意を含んだ刃のように鋭く感じられた。

黒いモヤが、リゼの胸の下あたりに集まり始める。 そこから、何か虹色に輝くものが、ゆっくりと浮かび上がってきた。

拳ほどもない小さな球体。虹色の光をまとう無機質な構造体が、ごくわずかに明滅している。 静かに、しかし確かに、熱のようなエネルギーが発されていた。

「ぁ……かっ……!」

リゼが、最後の力を振り絞るように呻く。

「リゼっ!!」

何とか体を動かし、這いつくばるようにして彼女に手を伸ばす。 だが間に合わない。

「やあ、出たな。これか」

ハルキがその虹色の球体を指先でつまみ上げた。

「うぉー!やったな!ハルキ!!」 「ハルキ、おめでとう」

楓と桜がハルキの元へと向かう。 俺にはもう一瞥もくれず、迷いのない足取りだった。

ハルキがこちらに向き合い、無造作にリゼを投げてよこした。

「ほら、返すよ」

「リゼっ!!」

全身を使って受け止める。そのまま地面に倒れ込みながらも、彼女の身体を抱きしめた。 かすかにながら、呼吸を感じる。

「お前ら、リゼにいったい何をしたんだっ!!」

怒りで震える声が、自分のものだとは思えないほど掠れていた。

もう出ない。そう思った力を振り絞りなんとか抵抗だけは続ける。

「これを戴いた。出来たばかりのやつで、これしか取り出しやすいのがなかったんだ。悪く思うなよ。こっちも世界がかかってるんでね」

「それは……?」

「おや、わからないのかい。何を盗られたのかわからないのも不憫な話だな。 ついでに教えておいてやる。これはスキル:勇者の結晶だ。そうだな……“スキルオーブ”とでも言おうかな」

「ちょ、ハルキ。わたしに注意しといて、ハルキも喋りすぎとちゃうん?」

「悪い悪い。あっさり上手くいくもんだから、俺も幾分か興奮しているらしい。 口が軽いことこの上ないね」

「ハルキ、用事は済んだ。余裕もないし、早く帰ろう。手を出して」

「あぁ、そうだな」

ハルキが楓の手を取る。

「秤の理。フェアトレード」

光の流れがハルキから楓へ戻っていく。はじめわけもわからず見せられたそれと逆であることに気が付いた。

そうするとハルキのまとう圧が、少しだけ和らいだ気がした。

「ほら、桜」

「ほいな」

「秤の理。アンフェアトレード」

光は楓から桜へ。今度は桜の気配が変わった。 張り詰めた空気に、風が生まれる。

「空間の理。空絶解除」

ふわっと、風が吹き、断絶されていた空間が外と繋がる。

「ほな、飛ぶで」

桜が両手を広げると、シュッと風が切れる音が聞こえたと思うとその場から三人の姿が掻き消えていた。

一瞬の出来事だった。残されたのは、倒れた俺と、力なく眠るリゼ。

これが、俺とリゼの嵐の幕開けとなった。


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