第一章18 「ハッキングジャックとサイクルビルド」
振り返り、ペタ、と落ちてきたそれは大きめのニウムだった。
見事にリゼの頭の上に乗っかる形で、張り付いたそいつはリゼの能力を起動するのに十分なインパクトを起こした。
特大の衝撃は10層を駆け巡り、辺りに能力特有の甘い香りを漂わせる。
理性を総動員し、リゼに伸びる手を押しとどめ、俺が耐えている間に状況は変わってきた。
大きな気配を感じた。初めは別の階層からモンスターが押し寄せてきたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
俺たちの目の前だ。
「おい、リゼなんかやばそうだ」
本能でそう感じた。
「確かにやばいね!!ロワイ!早くこれ取って!!」
「あぁ、もう締まらないなぁ!!」
あたふたと慌てるリゼの頭からニウムを引きはがしながら、緊張感のないリゼを救出する。
「ぷはっ!ありがとう、ロワイ」
「礼はいいから、早く構えてくれ。一人で対処できるか怪しい感じだ」
俺は腰から剣を抜き放ち臨戦態勢を取る。
10層はボス層でずいぶん前に倒されてから出現しないんじゃなかったのかよ。
目の前の闇が濃くなり、染み出したそれが形を成していく。
そいつは奇妙な人型だった。全身に金銀の装飾がされているが、全てはくすみ、それが金銀であることを認識するのが難しかったほどである。また、布地はボロのように灰色の衣に身を包んでいた。一部が帯のような物で縛ってあり、それがこのボロを服としてギリギリ認識をさせているようだった。
頭部はボサボサの黒髪を無造作に伸ばした、恐らく女だ。闇の中から出でたそいつは、髪の隙間から生気のない双眸を覗かせにやりと笑った。
「引きこもっていた私を目覚めさせたのは誰かと思ったけど、あなただったのね・・・」
少ししゃがれた声で女は俺たちに話しかけてきた。
だが、先ほど感じた威圧感は全く衰えていない。一見すると老婆のようにも見えるこいつが放つ存在感があまりにも異様すぎる。
「誰のことを言っているんだ・・・?」
情報がない。ダンジョン内で遭遇した明らかに人外の存在。敵かもわからないが十中八九敵だろう。少しでも情報を引き出すために、俺は会話に応じた。
「ハッキングジャック。あなたのことじゃありませんか。珍しいですね。こんな前線のこの私、サイクルビルドの階層まで昇ってくるなんて」
今にも枯れて折れそうな長い指を伸ばし自らをサイクルビルドと呼んだ女は俺たちに語りかけてきた。
「ハッキングジャックなんて名前の人は私たち2人にはいないわ」
リゼが一瞬俺に視線を向けた後にそう告げる。
「あんたに言ってるんじゃない・・・ん?そういうこと?勇者を始末している最中だってことですね?ハッキングジャック」
キリリと表情を変え、やる気のなかったサイクルビルドの目がリゼに向く。そしてハッキングジャックと言う時には俺に向くことを考えると、やつは俺のことをハッキングジャックだと誤認しているようだった。
「勇者を始末だ・・・?物騒な物言いだな?」
リゼが勇者であったことが看破されている?それも今はスキルを持っていない残滓でありながら?
「そうでもないでしょう。私たちの役割はこの世界を魔力に満ち溢れさせること。勇者は魔の力を浄化してしまうので、当たり前のことではないですか」
「勇者を始末することが俺やお前の役目だと?」
「そう言っていますよ。少し見ない間に使命まで忘れてしまったんですか?あぁ、実に嘆かわしい。そういえば見た目もかなり変わっていますね」
ついでのようにサイクルビルドは言う。
俺は生まれてこの方ずっとこの容姿だ。当然肉体的に成長を遂げているが全くの別人になった覚えはない。やはり、こいつとの話はかみ合わない。
だが、依然としてこの場から動こうと思えるほど余裕があるわけではなかった。どこかでタイミングを伺う必要がある。
会話を続けていく。幸いにもサイクルビルドがすぐにでも襲い掛かってくる素振りはなかった。
「まあいいです。ハッキングジャックもかなり弱っている様子。以前の禍々しいまでの覇気は全く感じませんわ。その代わりというと隣に確保している勇者も相当弱っている様子。力は殆ど残っていないみたいです。流石、ハッキングジャック。こうも綺麗に力を盗み取るとは、スキル:勇者すら既に手中というわけですね?」
こちらが黙っていても勝手に言いたいことをしゃべっているのか、サイクルビルドの語りは続いた。
「どうでしょうか?私が代わりに勇者にとどめを刺すというのは?そんなに弱り切ったハッキングジャックの手を煩わせる必要もないでしょう?」
こちらに問いかけが来る。俺は思い付きだが、聞きたいことを紡いでいく。
「そうだな。だが、まだ試してみたいことがある。・・・そう、例えばスキル;勇者が再発現するとかはどうだ?」
リゼのスキル:勇者はサイクルビルド言う通り、盗まれている。それは襲撃事件の時にハルキによってもたらされた結果だ。
そもそもこの旅自体がリゼの勇者を取り戻し、やっかいな引き寄せ体質を改善するためなのだ。俺たちには情報がないが、何か訳知り顔なサイクルビルドとやらから情報を引き出せないだろうか。
「なるほど?勇者とは現象。役割を全うしていないならば、勇者個体はスキル:勇者をまた宿す可能性がある。と、いうことですね?流石はハッキングジャック。スキルそのものをストックし、研究ができれば、私たち!ひいては魔王様のマジックフォーミングの悲願も達せられるというもの。進展もございませんしね」
「そ、そういうことだ。悲願達成のために、一つここは協力してくれないだろうか?」
話を合わせるのに必死で出る言葉がつっつかえるが、なんとか話が通じそうだ。
「では―・・・殺しますか」
「なっっ!!?」
サイクルビルドが協力の姿勢を見せてくれるのかと、考える素振りをしながらこちらに背を向けた。
言葉は続く。
「そうではありませんか。勇者なんて掃いて捨てるほど、沸き続けて我々を邪魔しているのに、わざわざ1個体に固執する意味もありません。それに、理由もあります。勇者なんて生き物は秘めたる力を開放するのは、―」
意味深な溜めの後、サイクルビルドは振り返りざまに続けた。
「―いつだって窮地に立たされた時と相場が決まっているのですから?」
全く話にならないとはこのことを言うのか。終始サイクルビルドはリゼを殺したくて殺したくてたまらなかったのだろう。
そのまなざしが、眼光がリゼを突き刺す。
「ひっ・・・!」
背筋に走る悪寒を感じたのかリゼが小さく悲鳴を上げる。
「どうすんの!ロワイ!」
続けざまに俺の背中にすり寄ってきたリゼが小さく耳打ちする。
「戦って勝てると思うほど、自惚れてはいない。できれば逃げたいがヤツがそれを許してくれるかどうか・・・」
非常に厳しい状況だ。明らかに殺意があり、狙われているのもわかっている。だが、気配でわかる。まともに打ち合って勝てる相手ではないことも。
今までの戦法でいうと、今回もリゼをおとりにし、その隙を横合いから倒すのが必勝ではあった。
だが、それは俺が敵を1撃で倒せるか、倒せなくてもリゼがその間、回避や防御に専念し耐えていてくれるからできたことだ。
今回の敵はそれすら怪しい。
「久しぶりに話せて楽しかったですよ。ハッキングジャック。では、使命を全うしましょ?」
「やるしかないのか!!」
「ロワイ!任せたわよ!!」
リゼも覚悟を決めて、俺にゆだねてくれている。
そうするほかないこともあるが、慌てても仕方がない。不意打ちされないだけましと思っておこう。
ゆらりと、サイクルビルドのボロに包まれた腕が俺たちへと突き出された。
「リビルド。アーマーアーミー×5」
サイクルビルドがぼそりと辛うじて聞こえる声で、つぶやいた。
すると指先から闇がほとばしり、地面から立ち上るように気配が5体分ほどサイクルビルドの前に現れた。
背格好は同じで靄がかかっているように薄く、灰色で色彩にかけたそれらは兵士の恰好をしていた。
しかし、違和感しかない。しっかりと見たことはないがそれは一昔前の騎士の姿をしているように思えた。古めかしい装備に、目深にかぶったヘルメットが目元を隠している。腰には5人が5人同じ剣を帯刀しており、剣に限らず、全てが同じように見える、姿形をしていた。
「行きなさい。アーマーアーミー達よ。まずは小手調べよ。ハッキングジャックの言うこともあるから、実験に付き合ってあげなさい」
アーマーアーミーと言われた個体達はそのまま俺の方へ。正確には俺の後ろにいるリゼに向かって距離を詰めてきた。ガシャガシャと音を立て、重たい装備が擦れる音に合わせてすらりと剣を抜き、そのまま切りかかってきた。
しかし、俺とリゼは左側の同じ方向にひらりと躱す。早くはない。なんなら余裕を持って対処できる速度だ。
「あら、ハッキングジャック。そこにいては危ないですよ」
「俺はまだ、お前のやり方に納得したわけじゃないぞ!」
「あら、そうでしたか。でも強い方が言うことを聞く世界で今の弱ったあなたに言われたところで意味はありませんけれども」
「話し合いの余地はないのか!!」
「残念ながら、私は私のしたいことを優先させてもらいます。止めたければ力ずくでどうぞ?」
「くっ!!」
ここに完全に交渉は決裂した。もとより話が通じるモンスターがどうかしているのだ。交渉の余地などはなっからなかったもの。
ガキンっ!と、地面に突き刺さった剣をアーマーアーミーが緩慢な動きで持ち上げる。そして、また距離を詰め、俺とリゼを切り付けようと剣を振り下ろす。その動作はただただパワフルだ。動きは遅いが当たると致命傷になるだろう。
1体が構えを取る前に、続けざまに2体目、3体目が次々とリゼに向かって剣での攻撃を行っている。
「俺のことは無視ってわけか」
心の内をつぶやくように、俺が言うと、
「無視もなにも、はなっからハッキングジャックのことは狙ってませんよ。ただ、進行方向にいたから、ついでに切りかかっただけのことです」
「の、割にはしっかりけん制は入れてくるのな」
1体目が俺に再度降りかかってくる。しかし、わざわざ受ける攻撃でもないので、バックステップでかわし、考えをまとめる。
俺は目の前のアーマーアーミーなる敵にAと呼称をつけ、Aから意識をそらさないようにしながら、リゼへと近づき、リゼを狙っている呼称B,C,D,Eの1体へと背後から切りかかった。
そのまま、肩への一撃が決まった。
「んっ!!かったっ!!!」
剣が硬質の鎧に弾かれる。剣が振動し甲高い音が辺りに響いた。
「ロワイなにしてるの!!」
リゼは4体のアーマーアーミーからの波状攻撃を難なく交わしながら俺に苦言を投げかけてきた。
「いや、こいつら見た目の感じから全然わからんが、めちゃくちゃ硬いぞ!!」
「私は4体からの攻撃をかわすだけなら問題ないから、いつも通り、背後からちゃっちゃとやちゃってよね!」
「そうしたいんだが、どうしたものかっ!」
アーマーアーミーAの追撃はやまないが、行動を大きく阻害されるものではない。鬱陶しいだけだ。
「鎧なんだから、隙間とかが弱点なんじゃないの!?」
「なるほど、試してみるか」
剣を構え、狙いを定める。アーマーアーミーAはまだ構えていないこのタイミングだ。
鎧の肘当たりの隙間を狙って、リゼを攻撃し、剣を振り下ろした、アーマーアーミーBへと渾身の突きを放った。
ざくっつと、目論見通り俺の剣はアーマーアーミーBの肘に半ばあたりまで食い込んだが、食い込んでしまった。
「まるで、地面に切りかかったみいだっ・・・!!」
焦燥が募る。なんと剣が突き刺さったまま抜けなくなってしまった。
背後からアーマーアーミーAの気配を感じ、剣がアーマーアーミーBに突き刺さったままだが、俺は攻撃を躱すために、剣を手放してしまった。
「ちょっと!それで次にどうやって攻撃するの!」
4体からの攻撃を次々に躱すリゼはまだ余裕がありそうだが、俺は対照的にそうではなくなってしまった。
しかし、
「まあ、待てよ。まだ焦るなって」
俺は腰のポーチから短剣を2本出し、逆手に構えた。普段は投擲用で使っているが、そのままでも使えるくらいには手になじんでいる。
いったん落ち着き観察をする。見るとアーマーアーミーBの振りかぶりはかなりぎこちないものになっているが、パワーが完全に消えているわけではない。
同時に痛みも感じないのだろう。可動域に剣が挟まり、抜けないままでいるところを見ると、攻撃する以外の知能がなく、サイクルビルドからの単純な命令のみで動いているゴーレムのような存在だとわかる。
「はっ!!」
そうこうしているうちに、リゼがアーマーアーミーBからの攻撃を躱したタイミングで、切りかかり、俺の剣が刺さっている方と反対側の肘を横なぎに撫でた。アーマーアーミーBは俺の剣が刺さっている関係で他よりも隙が大きくなっていたのだろう。リゼの一撃も鉄をたたいたかのような音とともにだが、確実にその傷を肘に残した。
「よっ!」
そして、切りざまの隙を責められることもなく、離脱しまた、他のアーマーアーミーからの攻撃を躱す。
所謂ヒットアンドウェイだが、剣が刺さっているおかげかかなり有効に働いているようだった。
「どうよ!これで削っていけば倒せるんじゃないかしら!!」
「あぁ、ナイスだリゼ!!」
「あら、なかなかやりますわね。これくらいならはねのけますかね。まあもう少し様子見してあげましょう。わたわたするハッキングジャックも見ていて面白いですからね」
俺たちが調子よくアーマーアーミーの攻略をしていると傍観を決め込んでいた主のサイクルビルドから茶々が入ってきた。
正直あいつに直接動かれると全然勝てる気がしないので、そのままだんまりを決め込んでいてほしいのだが、今は手出しをするつもりがないみたいなので、少なくとも目の前の敵に集中してもよさそうだ。
だが、意識の端には確実に置いておく必要がある。
俺はアーマーアーミーBに肉薄し、追撃を加える。
「でりゃ!!」
短剣を使用しているのでリーチが短くなったが、アーマーアーミーA以外は俺のことを狙っていないようなので肉薄し、通りざまにリゼの削った部分をさらに削る。
「はっ!!」
抜けた先にでまたリゼがタイミングを合わせて削る。削る削る削るを繰り返しているととうとう自重に耐えられなくなったアーマーアーミーBの片腕が自身の振るった剣の重さに耐えかねてがしゃん!!と大きな音を立てて落下した。
「なんとか1本って感じね」
「これ続けるのなかなかきついな・・・!!」
とにかく動き回っていないとアーマーアーミーAの追撃から逃れられないこともあり、リゼは回避に専念しつつ俺がメインで削り続ける形になる。アーマーアーミーBから落ちた腕は空気に溶けるように、消えていった。片腕になり、剣が刺さったままのアーマーアーミーBは最早敵ではなかったので、そのまま追撃を加えた。
「でも、修行の成果もあって、体力的にはまだ余裕だね」
「ああ、そうだな」
すれ違いざまに同じ要領でアーマーアーミーBを削り続けた結果、俺の長剣が刺さった腕も切り落としたところで、変化がありアーマーアーミBそのものが腕と同じように空気に溶けて消えた。
その場に残った俺の剣が音を立てて地面に落下した。
「あら、倒されてしまいましたか。でもまあ、この数なら問題はないわけですね」
俺は慎重に残り落ちた剣を拾い上げ、サイクルビルドへ視線を向けた。
こちらとしては余裕しゃくしゃくではないが、このくらいの数ならばゴブリンを倒して来たことと大差ない。
数をこなせばさらに余裕を持って倒せることになるだろう。問題はこいつがどれくらいであきらめてくれるかだが・・・。
「では、こうしましょう。リビルド。アーマーアーミー×50」
「50だって!!?」
「これくらい簡単にはねのけてくれることを期待していますよ。なんせ勇者なんですから」
「バカか!!流石に無理だ。おい、リゼ逃げるぞ!!」
「そんなことさせませんけど?」
見ると退路を塞ぐように先に出ていた4体のアーマーアーミー達が9層への出口の前に立ちふさがっている。
「困難を打ち砕いてみてくださいな」
完全に遊んでやがる。前髪から見切れる双眸は嗜虐心に溢れ、無邪気に虫を虐める子どものそれと同等だった。
サイクルビルドの指先から迸る闇が形を成そうとしている。数が多い分少し時間がかかっているようだった。
「50体はちょっと無理なんじゃないかな!?」
リゼも切羽詰まった声をあげる。
「そんなことわかってる!!1体でも苦戦したんだ!4体を崩して脱出するのも難しいだろう」
考えがまとまらない。ピンチだ。こうなったらやぶれかぶれでサイクルビルド本体を撃つしかないだろう。まとまらない考えを脇に置き短絡的な判断をしたと思う。しかし、その時には体はサイクルビルドへ向けて駆け抜けていた。
形成される前の闇を踏み抜け、俺はサイクルビルドへ上段から切りかかった。
「でりゃ!!」
しかし、その一撃に返ってくる衝撃がない。
「あら、熱烈な攻撃ですね。でも今のハッキングジャックではどうにもならないと思いますよ?」
俺の渾身の一撃はやすやすとサイクルビルドに受け止められていた。それも衝撃がなくなるほど丁寧な白刃どりとでも言おうか、片手で受けた刃は皮膚の一枚も切り裂くことなく、その手のひらに収まっていた。
「それと、なにか勘違いしているかもしれませんが、あくまで私は試練としてここにいます。一度はかつてここを訪れた冒険者達に破れ眠りについていたのをたまたま何かの要因で目覚めさせられただけです。ただし、勇者は別ですけどね」
「どうして、勇者を特別視するんだ?」
「わざわざハッキングジャックに言うことではないと思うのですけど、まあいいですわ」
サイクルビルドはつかんでいた俺の剣を手放すと雑談でも始めるように語り始めた。
「勇者は我々魔族の邪魔だからですよ。せっかく私たちが身を削って魔力を撒いても、消されてしまっては意味がないですからね」
「魔力を撒く・・・?そして勇者は魔力を消すってことか?」
カレンから聞いた話とつながる部分が出てきた。魔を祓うものとはそういうことなのか。
「本当になにも覚えてないのですね?魔力の撒きすぎで記憶も失ってしまったのですか?」
サイクルビルドがあきれ顔で俺に聞いてくるが察しが悪いふりをしてやり過ごす。
「もはや、どういうつもりかもわかりませんが、邪魔をするならあなた諸共殺しますよ?」
嘆息をつき、サイクルビルドが最後通牒のように俺に視線を向けたその時、出でた闇より井でしアーマーアーミーの1体が俺に切りかかってきた。
「お喋りはここまでです。私もあまり魔力を消費しすぎては貴方のようになるようですし?それは困ります」
俺はバックステップで距離を取り、リゼの近くまで下がった。
「全然だめみたいね」
「言ってる場合か。幸い体力は残ってるから数こなしてなれるしかないだろう」
強行突破は完全に防がれたと思っていいだろう。数が増えるに連れて包囲が分厚くなり、入口の方にも厚く守りを引かれてしまった。
俺とリゼは言わずも、背中合わせでフォーメーションを取り、覚悟を決める。
「私もこれ以上はアーマーアーミーを増やすのは辞めておきましょう。ハッキングジャックを見てると少し怖くなってきましたわ」
サイクルビルドは身を寄せ合うように身震いする振りをしていた。本当に震えたいのはこっちだと言うのに。しかし、ここで震えて負けるほど安くはない。
アーマーアーミーの数が増えただけの状況だと思いたい。一体一体がそれぞれ波となって襲い掛かってくる。主にはリゼへの攻撃だと思われる太刀筋で剣が振り下ろされるのを弾いて腕の関節を的確に狙った一撃を入れていく。集中しろ。俺が狙われているだけなら躱せば済む話だが、背後で別のアーマーアーミーと戦っているリゼの背中を守れるのは俺だけなんだ。さっきまでとは違い散会して広く戦うやり方ができなくなっている。
腕の関節へ一閃を入れ、鈍った動きのアーマーアーミーをけり倒す。倒れたアーマーアーミーが壁となり、次への攻撃までの間となる。確実に倒していけ。また正確に剣を弾き、今度も同じ要領で関節に入れる。装甲の部分とは違いざくっと土を削るような感触が返ってくる。
「おらぁ!!」
頭部に蹴りを入れて、折り重なるアーマーアーミーの山を作っていく。立ち上がろうとした端からまた上へ積み重ねていく。倒せてはいないので一時的に戦闘不能にさせているだけだが、数が数だけに対処がその場しのぎになっているのは仕方がない。隙を見つけて、その時に止めを刺すこととしよう。
リゼの動きに合わせながら移動を重ねる。リゼの方が相対している敵の数が多く、正面から受けきるのみでは対処できない。それに背後からの敵を俺が捌く要領で戦いは進んでいく。
背後のリゼも同様に剣を受けると負けるとわかっているのか、受け流す様に剣筋をずらして、そのずらした先に柔い部分を見据えているようだった。軽い音が響き続けている。確実に弱点を突き数を減らす。そういう動きだった。
「この数は!しんどいわね!!」
ざくっ!!と肘から先を切り落としたアーマーアーミーが虚空へと消え、1体また1体とその数を減らしていく。だが、敵の数が本当に減っているのかも怪しいと思うほどに視界は甲冑の群れで埋め尽くされたままだった。
一斉に襲ってこないのは同士討ちやそもそもがスペースの問題だろう。せいぜい相手どれるのは5体程度と緩慢な動きの甲冑たちでは数の利を生かすことができていないようだった。
修行をして戦闘継続時間を伸ばすことには成功していたが、これでは焼け石に水になりかねない。ゴブリンとは根本的にスペックが違いすぎる。
息が切れる。振るう剣が重くなる。目では追えているのに、ステップが間に合わず、かすり傷程度だが紙一重でかわし切れていない攻撃が増えてきた。とうとう俺は剣を弾くことに失敗してしまい、その剣先は俺の足へ吸い込まれた。
かに、見えた。一瞬の出来事だった。その時リゼが移動した先にたたらを踏んだ俺がいたのであろう。リゼに押される形で半歩前に出たことで顔面に代わりに一撃をもらいそうだったが、体をひねることでその一閃を躱すことには成功した。
だが、それまでだった。押し込んだリゼも俺の上に重なるようになげだされたのだ。きゃ!とかわいい悲鳴が降ってきた。
「ご、…めん、ロワイ!」
息も絶え絶えに、呼吸を整えようとする合間にリゼはそう言った。だが、体が言うことを聞かないのか立ち上がることができない。しかし敵はそんな俺たちを甘く見逃すわけもなく、リゼに向かって上段からその一撃を確実に振り下ろしてきた。
咄嗟に転がるようにしてリゼの前へでて、立ち上がることもままならないまま剣を構えた。
「ぐぅっ!!」
両手で剣筋の腹とで掲げた剣で重い一撃を受けきるが、衝撃がそのまま伝わり腕がしびれる。
「がぁあああ!!」
押し返そうにも、アーマーアーミーは重過ぎる。見た時から正面から打ち合ったら負けると思っていたからこそ、力比べはしなかったのに、こんな形で答え合わせをされるとはな。動かない。動かないのに!!
「ははは、これは無理かもな」
追撃が迫りくる。思わず笑いが出てしまった。こいつはリゼではなく俺のことを狙っている個体だ。抜けられない、重たい一撃を受けたままその場に拘束され、身動きも取れないまま、死に瀕した緩慢な世界で俺はどうすることも出来ずにいた。
リゼが躍り出るのが見える。剣を構え、俺と同じように、守ろうというのか。だめだ。リゼではこれは受けきることはできない。
「きゃあああああ!!」
案の定というか、リゼが受けた剣がそのまま押し込まれ弾けるようにリゼの手元から飛んで行った。軌道が少しずれたおかげで俺に攻撃は届かなかったが、リゼは受け止めるために前に出すぎていた。その一撃は袈裟懸け切りの軌道を描き鮮血を伴いリゼを倒した。
ああ、どうすればよかったのだろうか。
どこからか、甘い香りが周囲を席捲する。
これはリゼの引き寄せる能力の香りだ。こんな時でも腹の底から疼きを感じるが、俺は身じろぐことすらできないくらいに押さえつけられている。動こうものならそのまま脳天をかち割られることだろう。
ああ、リゼ。こんなことなら…。
どすっ…!
圧倒的力の本流を受け、余裕一つなかった俺に背後から刺激的な一撃をもらったようだった。
熱い。熱い一撃だ。腹を貫いた無機質な剣が俺の血に濡れてテラテラと光っている。
「くはっ…」
呼気に血の気が混じり、口の端から吐血する。たまらず全開だった力が抜け、抑え込んでいた正面のアーマーアーミーの攻撃がそのまま降りそそぐ。
こんなことなら…リゼを食べたかったなぁ。
視界が真っ赤に染まる。しかし、思ったのは腹の疼きとそんなことだった。
「ロワイぃぃぃ!!」
どこからこれほどの声が出た叫びなのか、リゼの声は俺の耳には良く響いた。甘い香りがより一層広がり今まで感じたことがないような衝撃が同時に迸った。リゼの感情がこれほど高まったことはないので、自身が死に瀕するよりも俺が死にかけていることの方がリゼには据えかねたようだった。
真っ赤に染まった視界で、リゼをとらえた。
縋るように俺に向かって手を伸ばしている。お前も血まみれじゃないか。俺たちこんなとこで終わりなんだってよ。まだ始まったばかりなのにな。
「リゼぅ…」
血の泡をまとった一言だけが俺の口から洩れた。
もう、力がうまく入らない。鼻腔には芳醇と評して余りあるリゼの香りが突き抜ける。この匂いに身を任せることができれば…。薄れゆく意識の中でそんなことを思っていた。
周りにまだゆうに何十体といたアーマーアーミーが闇に溶けていく。それと同時に腹にあった違和感が消えた。剣が消え、闇へ溶けていったのだ。それと共に出血が激しくなり、俺は前のめりに倒れ、視線の先にだけリぜを捉えていた。
ダンっ!!
大きな踏ん張る足音を目の前に聞いた。そこにはボロに身をまとい金銀のくすんだ装飾をに身を包んだ女がいた。サイクルビルドだ。一足飛びで俺とリゼの間に飛び込んできたらしい。だが、様子がおかしい。どこか澄んだような態度をとってきたサイクルビルドだが今目の前にいるのは猛獣のようで、或は腹を空かせて出てきた獣のそれだった。一歩一歩が重く、何かを我慢してきたかのように感じ取れる足取りで目的のモノへと進んでいく。おそらくそれはリゼだ。
何をする気だ。やめろ。
「っすっはー…」
サイクルビルドが深い深呼吸の果てに倒れて動けないリゼの元へととうとうたどり着いた。
「…はぁーんっ!!!」
溜めた、エビぞりの様に腰を逸らせ、その反動をそのままにリゼへとかぶりついた。
「あああああああっ!!」
肩から腕にかけてをサイクルビルドは食いちぎったのだ。
たまらず叫び声をあげるリゼ。
「あ、ぐっ…あああぁ!!!」
袈裟懸けに切られてもなお、そこまでの悲鳴は出さなかったが、食いちぎられるという別格の痛みがリゼを襲う。
サイクルビルドはそのままの姿勢で四つん這いになりまるで犬の様に、二口目をリゼへと向けた。
「いや!いや!!いやああああっぁあぁぁ!!!」
恐怖で大粒の涙を流しながら、痛みに顔をゆがませ、必死になって動かない体をのたうち回わらせるが、芋虫が地を這うがごとく、右肩から先が完全に動かなくなっているリゼにほとんどできることはなかった。
「やめろ…やめろぉよぉ…!」
そんな光景を見てしまっても俺もとてもではないが助けられるような状態ではない。
怒りで視界がゆがむ。どうしてどうしてと、自問自答するが明確な答えが得られるわけではなく、リゼの悲鳴がより一層響き渡るのを尻目に真っ赤に染まった視界から色がどんどん落ちていく。体の末端から感覚が消えうせ、音がなくなり、地面にうつ伏せに倒れている感覚すらなくなった。灼熱の様に感じた腹の傷ですら今は遠くに感じる。
これは臨死というやつだろうか、何も感じなくなった体は、体だけが自由になった感じだ。いや、感じることができていないので、まるでそれは他人が体を操っているのを自身の視覚で眺めるような奇妙な感覚だった。
長い間腕を枕に寝た時、腕がしびれて感覚がなくなるのをもっと極大化させたような、体が骨だけになったかのようにどうやって動いているのかまるでわからない。
気がつけば俺はぬらりと立ち上がっていた。体は操作が利かないがやることは決まっているように、膝に力をため、勢いよく飛び出した。
視覚はゆっくりだ、なにも恐れることはない。引き延ばされた意識の下で刻一刻と近づいているサイクルビルドに、俺は肩口からかぶりつき、勢いは骨に達し、硬い感覚を覚えながらも一噛みでごりっとそのまま引きちぎった。口内に血の味が、骨が、肉が、神経が、広がるが意に介さず、嚥下する。全く美味しくない。だが、リゼと同じように肩を食いちぎられたサイクルビルドだが、悲鳴一つ上げず、リゼへと食を進める。おい、やめろというのがわからないのか。
握りしめたこぶしを雑に横なぎに振り払う。背後からサイクルビルドのこめかみ当たりにヒットした一撃は紙くずのようにサイクルビルドを吹き飛ばした。
「ひゅー…ひゅー…」
視界は虚ろで辛うじて呼吸を続けるだけになったリゼは上半身の幾分かをかじり取られて生きているのが不思議な程に無残な姿になっていた。
ああ、リゼ。おいしそうだ。
甘い香りが他のなくなった感覚の中で唯一鼻腔を擽る。この一瞬を楽しむように。
これは俺が食べるべきモノなんだ。世界で一番甘美でかけがえのないリゼ。ああ!リゼリゼリゼっ!!!
「フラッシャアアアアアアっ!!!」
感傷に浸っている俺の耳に音が届いている。音というより振動を肌感覚でとらえているような現実味のない音が、さきほど吹き飛ばしたサイクルビルドから鳴り響く。ものすごい勢いでおおよそ人間が取れるでないであろう、四つん這いのままにカサカサと激しく手足を動かし、血をまき散らしながらつっつこんでくる女がいた。原始的な恐怖を感じるその様に硬直してしまった。
中ほどで飛び上がったサイクルビルドは目標を定めてダイナミックにもそのままリゼにかぶりついた。
びくんっ!とリゼが震えたが、声はもう上がらなかった。
まじでふざけるな。これは俺のモノだろ!!
サイクルビルドに負けじとリゼへと俺もかぶりついた。やわらかい肉の感触。ずっとこれが欲しかったのを体が覚えている。
あれもこれも全然違う。でも、ああ、なんておいしいのだろうか。




