第一章16 「リゼとゴブリン道場」
そして、とうとう至った。
倒して、倒して、倒して、そして、倒して。
泥のように眠り、食料の続く限り、このゴブリン道場でひたすらにゴブリンを倒し続けた。
「嬉しい誤算だったね……」
リゼは少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、でもなんでこんなことに……とボヤいているが、やってよかったかと思った。
リゼのスキルはほぼ制御不能。ニュートラルな感情の時にはオフになっており、恐怖や驚きの時にオンになる。それを上手く操作する方法はなかったが、たまたま、誠意を持ってたまたまと言うが、たまたまオンにするトリガーを見つけたことによって、その条件下においては任意でオフにすることができることがわかった。
そのお陰で、この袋小路だけど、入口が極端に狭く、ゴブリンの入場制限をし、一対一を常に守り続けられるこの道場に、リゼの引き寄せスキルを使うことによって、マラソンのような感覚でゴブリンを狩り続けることができた。
通称、ゴブリン道場マラソン。
最初こそ30体も狩ることができれば、疲れが見え、リゼのスキルをオフに入口をそれとなく隠すことで、休憩を挟みまたオンにするというのを繰り返していたが、慣れもあるだろうが、今では100体も狩ることができる。
正直この量はルミナスにいた頃には考えられない数だ。強くなっている。これなら先に進むことができると思った。
それにゴブリン道場とはいえ、10層まではゴブリンが多いだけで、他のモンスターも現れる。体格が似ているゴブリンがこの道場の入口を一体ずつ通れるだけで、他のモンスターも入ってこれるわけだ。
迷い込んでくる他のモンスターからリングがドロップできたのは、
「あぁ、本当に嬉しい誤算だ!」
ゴブリンの出入りが落ち着き、俺は一息ついてからリゼに答えた。
そして、リゼのむき出しの背中からニウム剥がし、念の為に入口を半分ほど残して岩を押し閉じた。
「本当にこればっかりは決めたことだけど気持ち悪い……」
早々にはだけた背中を覆い隠し、装備を整えたリゼは背中に手を伸ばしては震えていた。ゾワゾワする感覚がまだ残っているらしかった。
ニウムという生き物は頭足類に似た黒い靄のような触手が生え、背中には巻貝のような螺旋状の黄銅色の殻を背負っている。
大きさは手のひらに乗るくらいのサイズだ。
たまにダンジョンの端をウゴウゴと這いずり回っていることは気がついていたが、そこいらの虫とあまり変わらない印象だった。
しかし、キャンプをはるようになってからこいつらは俺たちが持ち込んだアイテムを狙っていることがわかってきた。どうやら、外からダンジョンに持ち込んだ物を食べている様だった。
ただ、それ以外は特に害意を感じなかった。リゼは不可解過ぎて初見から嫌っていたが俺は割と好きだった。
そんな折に、たまたまリゼがニウムに触れてしまった。
荷物には気を払ってはいたが、上から落下してくることまでは気をつけてはいなかったのだ。
ポトリとコミカルな音がしそうな軽い調子でニウムがリゼの背中に落ちてきたのだ。
一瞬の沈黙の後にリゼの悲鳴にならない悲鳴が洞窟内を埋めつくした。
しかし、元々は制御できないリゼのスキルを調整するためにゴブリン道場の準備を進めていたことも幸いして、ちょうど良いタイミングでゴブリン道場マラソンを開催することだできたのだった。それからは手を替え品を替え試行錯誤の末に背中に貼り付けるのがちょうど良いことがわかったのだった。
貼り付けると引き寄せスキルが発動し、剥がすと消える。
わかりやすいことこの上ないのだが、
「今は仕方ないけど、絶対違う方法で制御しみせるから……」
リゼは怨めしい感じで俺を睨んでくる。
そんなに睨むな。怖いだろ。恥ずかしがったり、怒ったり忙しいやつだ。
「でも、それでいこうって言ったのはリゼだろ?」
「そうだけど……そうだけどさっ!!」
「まぁまぁ、今はこいつの性能を試してみようぜ?」
「そんなに簡単に切り替えられないっ!」
リゼが言い続けることは大切だと思うが、最近のいつもの事だと割り切って、手元に注視した。
色は黄色のリングだ。光沢があり少し金属感があるのはお馴染みである。ランク的には下から2番目だが、7階層でドロップとなるとなかなかにレアだと思われる。
バンドルリング。
所謂、魔法袋というやつだが、魔石を入れるとランク相応のアイテムを収納できる便利なリングだ。ナラク前の市場でも白の最低ランクは出回っていたが、価格も10万ライトと無理をすれば手が出るが手を出していい金額ではなかった。間違いなく、ルミナスにいたころでは買えなかった代物だ。
ゴブリン道場はこの辺りの階層のメインモンスターがゴブリンだから成り立っている。逆に他のモンスターも出現しないわけではないので、たまにはレア枠みたいなモンスターもゴブリン道場に迷い込んでくる、それがたまたまバンドルサックだった。
バンドルサックは抱えられる程のサイズで白い布が薄汚れたような袋状のモンスターだ。頭の部分で布が絞られており、如何にも何かを包み込んでいますよといった様相をしている。
ちょうどさっき最後のゴブリンを倒した後に迷い込んできたのだ。倒すことも難なくでき、ドロップまでしたのは運が良かったのだろう。
「ほら、入れるぞ」
俺は手元に落ちていたゴブリンの魔石をリングの上から落とす用に入れた。
すると、どういうことか、下に落ちる魔石を包むように白く少し薄汚れたバンドルサックを模したような袋が生成された。サイズは手のひら大だ。ただ1つ違うのが絞られたような頭の部分にはバンドルリングが着いている。
リングの口は小さいが、魔力を込めて軽くリングを揉むとその他のリングと同じようにサイズが代わり大きくなった。
俺は手当り次第にその辺に置いていた俺たちの荷物の一部をバンドルに入れてみた。
ごそっと中に吸い込まれる用に入り、背中いっぱいになる様なバッグも楽々入った。
「おぉ、これ、凄いな!」
感動を覚えて俺が感嘆を零す。
「どれよ……」
少し切り替えたのか、リゼも俺の手元を覗き込んできた。
スルスルとバッグを出し入れしているのを見るとリゼも、
「確かに凄いわね」
「ほら、これだけ入れても、このサイズで重さもほとんど感じない!」
地面に置いて、リングの口を揉んでサイズを小さくしてから、楽々と持ち上げていたものをリゼに渡してやった。
「ホントね、これなら探索も楽になりそうね」
リゼも片手で楽々とバンドルを持ち上げてその携帯性を確認する。
「ああ。初めは体力増強の為に始めたゴブリン道場だったが、おまけが付いて本当によかった」
「ある程度仕上がったから、いよいよ先に進んでいくのね?」
「そうだな。この方法なら体力増強には最適だが、やっていて思ったがこの方法にも頭打ち感があるように感じた」
「頭打ち?」
「なんというか、身にならないというか、初めてすぐには動けているようになっている!って感覚があったんだが、それが徐々に薄れている感じがするんだよな」
入ってくる感じはあるけど、効き目が薄いというか、恐らくいづれは全く伸びなくなる、そんな予感がゴブリンを倒していて感じた。
「あと、使えなかったといえば、ゴブリンを倒し初めに、ほら覚えてるか?リサーナから買い取ったリングのことを」
「ああ、そういえばそういうのもあったわね」
「形状記憶と魔力射出の組み合わせなんだが、実際に使ってみたけど、俺には魔力消費が激しすぎて結局ゴブリン道場では練習にもならなかったし、別の機会って感じだった」
魔力を消耗しすぎると体が重怠い感じになって、体力増強どころではなくなりそうだったので、練習もそこそこに優先順位の関係であきらめてしまったのだ。
「使用適正はたまたま高そうだったけど、その肝心の魔力が足りなかったら練習もできないってことね」
「そういうこと。まぁ、別の機会だな。話は戻るが、ここは狩場としても優秀だし、魔石もそこそこ集まったからな。というか、思ったんだが、リゼも同じことをしたらいいんじゃないか?」
「え?私?」
「そうそう、リゼの戦闘の余波で余計に集まってしまうゴブリン達も今の俺なら余裕を持って対処し切れるからな、どうだ?」
これはいい考えだと思いリゼの強化も必要だと思い提案する。俺が強くなる必要もあるが、それに着いてくるリゼも強くあって欲しい。
「へぇー、ロワイは私におっぱい丸出しで剣を振ってほしいんだ?」
「へ?」
おっぱいってなんのことだ……?と少し悩んだ後に思い至る。
「だってそうでしょ?初めはやっぱりこの黒のウニウニしたニウムとかいうのを背中に張り付けないと発動しないんだし、発動しないとゴブリンは来ない。つまり、胸元を守りながら剣は振れないからもうそれはおっぱいを丸出しにして剣を振るうしか!」
「まてまてまてまて!!そうは言ってないだろ!?」
飛躍しすぎだ!!
「じゃあどうしろと!!」
大仰に手を広げ、リゼが捲し立てる。
「そもそもゴブリンとはいえ、モンスターはモンスターだ!ちゃんと戦いになる。そうすればリゼの引き寄せスキルも発動するし、発動仕切るまでは俺が代わりに戦闘を長引かせて、その間にリゼは準備を整える。それでいいだろ!」
「へぇ、少しは考えてるのね?」
腕を組み覗き込む様にこちらを挑発的に睨みながらリゼが言う。
「当たり前だろ?リゼのそのスキルにはお世話にもなったが、危ない目にもあってんだ、多少の対策はするさ」
恐らく、この方法自体最初からあまり乗り気ではなかったんだろう、散々恥ずかしがっていたからな。その仕返しというわけだ。
「まぁ、ロワイがそういうならやりましょうか。しっかり守ってね?」
「任された」
ゴブリン道場第2ラウンドの始まりだ。




