一章/五話『意味無き日、本当に、意味無き日』
「秘密ってのは大事だぜ? 超大事さ。隅から隅まで隠し事を許さず、自身の企みを端から端まで白日のもとに晒す、そんな奴は聖人じゃなくて、だだの大バカ野郎だからな。その点を弁えてるこの俺ちゃん、なぁに、別にお前ちゃんの全てを見通してやろうなんて魂胆持ってねえよ? 自分がされたくないことは、人にもしちゃだーめ。うーん、母ちゃんの最高にタメになる台詞10選にゃあ入るね、こいつは」
「…………」
「つってもね? 俺ちゃん、誰が呼んだか《剣聖》、転じりゃ《聖剣》。だなんて、超絶かっくいい名前で呼ばれちゃってんのよ。いやなに、ほれ、そうなってくるとしがらみも多い立場さ、困っちまうのなんのって、つまるところ、ポーズを取らなくちゃいけねえのよ。はいはいはい、やってますやってまーす。俺ちゃん只今全力っす! 的な?」
「…………」
「そーそー。結局、俺ちゃん体裁のために遥々こんな用事もない場所までやってきたって話ね。いやぁ、びっくりだよ? 俺ちゃん一瞬信じらんなかったもん。言ってやったね、『え?? 俺ちゃん剣聖なんすけど。見舞いごときで遠征駆り出すって頭おかしいんじゃねえの?? 冗談? ふざけてんの? 舐めてんの?』ってよ。いやいや、んでよ、これが冗句抜きのマジ話だっつんだから、ここでもっぺんびっくりだぜ? ビビり散らかしちまったよ」
「…………」
「何が一番嫌ってさ、俺ちゃんの《剣》ってこれ、あれ、あの……制限付き、っつの? しかもこれが信じられないくらい厳しくてさ、ちょぴーっと範囲の外に出たらもうそっこー『禁止でーす! はーい、こっからはもう使えませーん!』って感じ。意味不明すぎね? ってかてか、俺ちゃん《剣聖》なわけじゃん。いや、まあ百歩譲っていいよ、俺ちゃんを見舞いの使いっ走りにすんのはおっけー、今回に限っちゃ無罪放免。いやいや、だとして――《剣》に使用制限かかってる《剣聖》様ってなんすか? それただの年取ったおっさんじゃね? って、思うわけね俺ちゃん。そこんとこどー思う? お前ちゃん的意見」
「…………」
ん、あれ、なんでこの人僕の方を見てるんだろう?
どうしたんだろう、独り言、もう終わったのかな。それとも何か、僕の顔に変なものでも付いてるのかな。気に障る様な態度を取った覚えもないんだけれど、こんなにまじまじ人を見つめるだなんて、会話中に相手の意見を求める時以外だと、それくらいしか思い当たらないなあ。
でも、頂点に昇ってた陽が沈むまでの、昼が疑いようもなく圧倒的に夜と化すまでの、そんな半日といって差し支えない時間、相手に一切ターンを受け渡さず繰り広げる言葉の暴力を、生憎僕は「会話」とは教わっていないしなあ。
…………。
「…………」
意地くらい。
張らせて欲しい。
『ちょっち付き合ってくれや?』なんて軽い文言で誘われて、半日消し飛んだ人間として、せめて、これくらいの、意地……。
「おぅい? おいおい? どーしったてんだい、お前ちゃん元気なさげか?」
「――いや、元気ですよー。ちょーぜつね」
口に力が入らなくて、心なしエトさんみたいな喋り方になってしまった。
だらりと、剣聖――アルヴァートさんはソファに腰掛ける。
逆に今の今まで、半日ずっと前のめりで喋り続けてたのだから末恐ろしい。悍ましいと言っても良い。少なくとも《剣聖》とは呼びたくない。《剣悪》――《嫌悪》なんて、どうだろう、結構良いと思う。 それに、エトさんもエトさんで薄情な人だ。三時間おきの治療、累計三回もこの待合室を訪れておきながら、その度に僕を置き去りにしやがった。あの酷薄な瞳ときたら、エトさん、アルヴァートさんのことを覚えてないとか嘘だ。絶対嘘だ。分かった上で、一切合切承知で、会話を盛り上げないために自分だけ忘却を装ってやがった。
…………。
はあ。
もういいけどさあ……。
「――で、なんですっけ。剣が使えない《剣聖》は、じゃあそれ一体何者か、みたいな話でしたか」
「そーそー、意見求むってわけさ」
「んー。そんなん僕に聞かれても、割と困りますけどね……」あなたが質問してる相手は、多分今現在、この世界についてこの世界で一番無知なヤツなんだけれど……。「まあでも。なんか制限あるみたいなこと言ってましたよね。それなら、ほら、そういう制限課されない――普通の刃物でも使えば、それで万事解決じゃないですか? 何者か、なんて哲学チックな問いも不要でしょう」
「……そうか? それなら確かに、おっさんから老練な剣士に格上げだけどなあ……。しかし、うーん……やっぱ妥協するしかないのかねえ。正直カッコ付かねえじゃん? やっぱ《剣聖》つったらいつでも何処でも最強!って感じがイカしてるのに、お前ちゃん、それだとやっぱし俺ちゃんってちょい強めのおじさんじゃね?」
「強欲ですね。ちょい強めなおじさんでも、僕のお見舞いくらいなら十二分にこなせるんですから……」
あれ。言っていて気付いたけれど、どうしてこの人って僕のお見舞いに来たんだっけ。なんか会話(と、未だに僕は思ってない)の冒頭辺りで、そこはかとなく薄ぼんやり触れていたようないないような記憶が断片的に極僅かながら残っているような気がしないでもないのだけれど、どうだったっけ。情報量の暴力で僕の脳みそは丸洗いされているし……何も思い出せない。
かといって一度説明されたことを聞き直すってのは、それじゃまるで僕が話聞いていなかった人みたいだしなあ。
まぁいいや。
僕とて疲労困憊だ。これ以上の思考も会話(と、未だに以下略)も御免被りたい気分。
「ともあれ。もう随分と外も暗くなってきましたし――どうでしょう、お時間の方とか」
「時間ー? おいおぉーい、よしてくれよ! 言ったろう? 俺ちゃん――お前ちゃんが退院するまで泊まるって」
「――――」絶句
え。ええ。ええええ。
今この人なんて言った、なんかふざけたこと言いやがらなかったか。僕が退院するまで泊まるって? 冗談はよして欲しい。僕にはあれじゃないのか、こっから暫く新しい治療法確立の試験段階という名目にあやかって、エトさんとイチャコラしながら《あの子》の目覚めを待つみたいな、そういうある種スローライフ的な日常生活が待っているんじゃないのか。異世界モノって無条件に幸せな生活が送れるんじゃなかったか、少なくとも僕の辞書だと異世界を引くとそういう風に記述されているのだけれど。
「なんでそーんなびっくりしてるのさ? 俺ちゃん、さっき言ったくね?」
「……そう、でした、っけ」
アルヴァートさんは洋画風に手を広げて、大仰に首を傾げていた。
どうだろう、この人の話を全部聞いてれば、納得できる理由が含まれてたのかな……意地張らずに聞けばよかったかな……。
この人、まじで何しに来たんだろう。




