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一章/六話『存在害悪、不抗の不幸、絶対死滅の因果律――薪火恭一という人間』

「俺の意見だ、あくまでその域を出ないさ。人間、何処まで驕っても人間、何処まで騙っても人間、何処まで担がれても人間。俺はそこを間違えねえ」


「……アルヴァート、この調子で行くときみ、本題に入るまでまたしても半日使おうってつもりかなぁ? あたし、暇じゃないんだぜー」


「およ? なんだよ、やっぱし覚えてるじゃねえか俺のこと」


「仮にあたしが本気で忘れていたとしよう。そんなやつは医者になっちゃいけない」


「それもそーな」


「――で。本題っていうのが何か、あたしは大体予想が付いてるわけだ」


「さっすがエトせんせ、頭も切れるたぁ素晴らしいね」


「じゃあ、ちゃっちゃか明言してね」


「……了解したよ」




「殺すべきだね、変わりなく、予定通りに、予定調和的に、平穏平静平和のために、今この時、このタイミングで、絶対何が何でも、逃すこと無く、この俺が、俺こそが、《剣聖》の全身を持ってして、《聖剣》の全霊を持ってして、ああ――――ぶち殺すべきだね、あいつら二人とも」




 …………。

 …………。

 やっとか、と、そう思ったし、

 ようやく、と、そうも思った。

 起きた瞬間、目を覚まして病院に居て、側にはちびっ子先生。エトさんと楽しく話して、一週間もぐだぐだ生き延びて、生き延びさせて頂いて、僕は心の底からこうならないと本気で思っていたのだろうか。辻褄合わせが起こらないと、調整が始まらないと、修正に辿り着かないと、本気で?

 二十年目かなあ、それくらいかなあ、多分。そんだけの経験があって、生きるという経験があって、薪火恭一を生きるという地獄みたいな経験があって、僕は、それで本当に学んでいなかったのかな。

 なら、僕は馬鹿だ。


――――――


『止まれ』


 彼は、そう言った。

 彼とはつまり、この僕を救った張本人にして、絶大なる絶大、圧倒的な圧倒者、生命の極地にして、天下無双も天下無敵も必然とする、化物をも凌駕した超然なる化物こと――彼の、ことである。……。僕は、名前どころか外観も知らないので、ここで明確な名詞を持ってこれないのは非常に惜しまれるが、今後僕が対象を明示せずに《彼》という代名詞を用いる際は、その全てが《彼》だと思ってい頂いて一切構わない程度には、《彼》は究極的に《彼》なので良しとしよう。

 そして、《言った》というのもつまり、そのまま《言った》ということに他ならず、彼は足枷の彼女を眼の前にして、ただただ平然と、


『止まれ』


 とだけ、そう言った。

 僕が不殺を頼み込んでから、彼が行動に移すまではほんの僅かな時間しかなかったので、大した説明を受けたとは言えないが、しかし、もし仮に久遠の時間が在ろうとも、彼は多分僕になんの説明もしなかった気がするので、問題はここではない。

 それに、実のところ彼はその極僅かな説明をもってして――十全に伝えきっていると言えば、伝えきっているのだし。だから言ってしまえば、これは受け取り手の問題で、僕の解釈の至らなさが招いた意味不明と言ってもいいところなのかも知れない。そんなわけあるか。

 彼の台詞は確か、


『あっそ……そいつぁ楽で助かるね。こんなん、殺そうってんじゃなけりゃお前でも《止められ》るってんだ。自我がねぇってのはつまり、こういう話だぜぃ――』


 斯くして、例の、一言。


『――止まれ』


 そのあまりにも軽い言は、しかし《彼女》にとっては十分に充分で重文だった。

 ――静止。多分、彼女は本当に何をされるでもなく、それで静止した。僕の意識はここから先に続いていないし、この時点でも意識万全とはいかなかったので、これを確実と言い切る根拠には欠くけれど、それでも、彼が何かにおいて失敗するだなんて事態、あまりにあり得ないように思う。

 多分、本当に、それでお終いだった。終戦で、終幕で、終了。

 

「――で。「起きろ」とでも言えば、君の昏睡状態は終わるのかね……」


「…………」


 返事は、無い。

 現在時刻というのがイマイチ判然としないけれど、少なくとも外は暗い。電気を付けるわけにもいかず、この病室も暗闇に沈んでいる。

 ああ、嫌過ぎる……。今頃はもう――アルヴァートさんが僕を殺そうと徘徊してるのかな……。


「さて……本当の本当に、猶予が無くなってきたかも。さっきは格好付けたけど、僕なんぞ所詮僕だし」


「…………」


「――一週間と四日、色々聞いたんだ。エトさんから。騎士団の話に、剣聖の話に、興味本位で聞いた魔法の話、そしてこの国ルヴェルの話……と、まあ諸々」


「…………」


「それから最後の方に聞いたエトさんの推測……これが一番大事で、多分一番マズイんだろうと思う。君のことと、僕のこと。隠さず教えてくれる辺り、あの人も良すぎるくらい人が良いよな」


「…………」


「《聖王聖騎士団》について――何百年、何千年前の、君という人間が登場する御伽噺みたいな昔話、君の罪状の尽く。エトさんは教えてくれたよ」


「…………」


「僕なんて所詮オマケ。精々君の大犯罪の片棒を担いでるかも知れないくらいの、そういう可能性を捨てきれないから念のために、一応で殺されるだけの、正真正銘ただの可哀想なヤツっぽいね」


「…………」


「どう? 君は面白いと思わない? ――僕は思わない。気分最悪、超最低。もうずーっと入院したままで良かったと思ってる、あ、これは以前の入院の話だけどね。僕はわりかし《終了気味》だったのに、優しくて曖昧な終末に浸ってたのに、何処かの誰かが――僕を治しやがったせいで、こんなことになっちゃった。困るよね、ほんと」


 いつか、いつかの譫言。

 僕は言ったっけ。記憶障害が治って、ようやく――人間と呼んでいいくらいになった、と。如何にも僕って感じの適当な場当たり的発言で笑える。


「なんか上手いこと幸せになれるかなあって、適当に流されて《異世界》ってやつを満喫してたけど、もうどうでも良いかもしれないね」


「…………」


「はっきり言って、僕はもう辟易してるの。いい具合に平静を装って正気を繕って、意識を演じてそれでこの様さ。この結末さ。この始末さ。もはや運命やら因果律を信じたくなるね」


「…………」


「僕は思う。僕は幸せになれない。不幸にもなれない。どちらにも慣れない、似つかわしくない。現実はいつも、いつも、いつも、いつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも、いつも、僕を――ぶっ殺したくて仕方ないんだね」


「…………」


「僕はね、君のことならどれだけ不幸にしても許されると思うんだ。だって、君ってもうそういう次元を振り切っているだろう? 僕なんかよりずっと先の先、いわば僕という道の先駆者、第一人者にしてパイオニア。あの日出会って、僕はときめいたんだ。柄にもなく、大好きになった」


「…………」


「僕は誓って、君を絶対幸せになんてしないけど――僕の顛末に、付き合ってくれないかな」


 なんか告白みたいだなあと、思った。




『――起きろ』

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