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一章/四話『一応、剣聖』

「ってなわけで、目立った損傷はそれくらいかなあ」


「『それくらい』ってエト先生、全身の筋断裂ってそりゃあつまり、死にかけってことじゃないですか。もちょっと心配してあげましょうよ」


「いやぁ、まあそりゃあそうだよー? でもさぁ、直近で全身滅茶苦茶にぐちゃぐちゃでしっちゃかめっちゃかな、ほぼ死体みたいな患者を見た後だと、なんか感覚狂っちゃって」


 医者として絶対に狂わされちゃいけない感覚を狂わされているじゃないかエトさん。

 なんだその患者は。間違いなく助からないオノマトペが二つくらい付いているぞ。そんなヤツ治るわけなかろうに、百パーセント死ぬしかなかろうに、医者も大変な職業だなあ。


「あぁ、後それからふつーに栄養失調だね。痩せすぎだし、顔色終わってるし、諸々健康状態終わってんね。ほっといたら死ぬんじゃないかな、この子」


「…………」


 お医者さんとして絶対に言っちゃいけないことを言うのが趣味なのだろうか。

 まぁ……、ここまで言いたい放題して尚も見た目で相殺されるのだから、恵まれた人だけど。

 ともあれ。

 今となっては《足枷の彼女》とか、《あれ》だの《それ》だのって代名詞が尽く似合わなくなってしまった《この子》。彼女の眠るベッドを挟んで、僕とエトさんは見舞い用の椅子に座っていた。間取りは僕のところと全く同じなので、彼女は例によって窓側の椅子に腰掛けている。

 おひさまが好きなのだろうか、子供っぽい見た目してるし。日向ぼっこ? とか言ったら殺されるかな。


「――む? なぁにじろじろ見てんの、あたしのコト」


「いや、お互い座ってるといつにも増してちっちゃく見えるなぁって」


「きみの命はあたしが握っているワケだけども」


「死にたくない。やだやだやだやだやだ」


 駄々をこねてみた。

 エトさんの目線は冷たかった。


 エトさんは溜息を吐いて、眠ったままの《その子》に視線を落とす。


「にしても、信じがたい話だよね。こんなボロボロの子がきみの言うような大暴れ……医者に言わせれば、ほぼ不可能だと思うんだけどさぁ?」


「うーん、なんかほら。あの、《魔法》ってやつじゃないんですか」


「まぁ……可能性はある、のかね。でもさ、あたし的にはちょっと筋が通らない気がする」白衣の両ポケットに手を突っ込んで、エトさんは悩ましげに天井を眺める。「前も言ったと思うけどさ、あたしって仕事柄そういう化物じみた連中も診療するわけさ」


「というと?」


「? いや、そのままでしょ。生まれた瞬間から魔法使いでぇーす、みたいな癪に障る天才連中――ほら、《騎士団》のやつらとかさ」


「あぁ……なるほど」


 この手の世界観トークにもそろそろ慣れてきたけれど、慣れたからと言って無知なことは変わらないので困る。会話くらいなら、どうにか誤魔化せるけれど。


「ああいう化物どもってさ、外傷を負うことはあっても――こういう、内部的な怪我は滅多に負わないんだよ。単純に、身体強化が上手すぎてね。でもさ、なんつーのかな。この子の場合……一般人が信じられない無理をしましたぁ、みたいな怪我だからさ」


「っとすると、なんです。身体のリミッターでも外れてるって話ですか?」


「ん、あたしの見解じゃぁね」


 リミッター。人間は普段、自分の体に気を使って筋肉を動かしているとは聞いたことがあるけれど。でも、その理屈だと、理論上僕でもああいう馬鹿げた挙動が再現可能ということになるのだろうか。

 でも、なんか。殆ど物理法則とか無視していた気がするけれど……。


「まぁ。とりあえず、死んでないなら良かったですよ。僕としちゃあ十分以上ってんです」


「ふうん。ずいぶんと気に掛けてたんだね。その割、ぜんぜん身元も何にも知らないんだから、よー分からんけど」


「ははっ……」


 身元……その言葉ほど、現状の僕が嫌うものもない。今のところ旅の者だのなんだの、いい感じに適当に粗雑に乱雑に誤魔化しているけれども。


「じゃあま、目的は果たせたんで。僕は自分のとこに戻りま」


「よー。俺ちゃん登場」


 唐突、聞き覚えのない声が病室に響く。

 声の主を探して見回すと、病室の入口に一人――男が、立っていた。


「おー、えーっと、あれぇ……誰だっけおまえ」席から立ち上がってその男に近付いて行き、相対した辺りで首を傾げるエトさん。「剣聖だっけ、たしか」


「マジで言ってんのお前。俺ちゃん悲しいぜ流石に」


 ユニークなんてもんじゃないくらいユニークな一人称のその男――《剣聖》だなんて如何にもな名前で呼ばれた彼は、なんだか洋画風におちゃらけた雰囲気で両腕を広げている。

 歳は四十半ば程だろうか。後ろで結った濃紺の髪を腰辺りまで伸ばしているけれど、あまりにも細い髪束なもので、そこまで変という感じはしない。

 時代背景の問題だろうけれど、服装は信じられないくらい簡素な黒のパーカー……で、言い表せているか分からないが、ともかく、平凡なフード付きの衣装だった。

 髪色は確かに日本じゃあり得ない色をしているけれど……その他、特筆するような内容は無い。強いて言うなら、若い頃は結構イケメンだったんだろうな、とか、それくらい。


「まぁ俺ちゃんともなると気にしないぜ。器が違うんだなあ。それに、今回はエトせんせーに用は無いんだ」


「うげー、知らないやつがあたしの名前知ってるときもいなー」


「…………」


 老練な雰囲気を纏う剣聖さんが無言を強いられる図は、中々キャラクター崩壊というか何というか、ちょっぴり面白かった。


「――まぁいい」きっぱり諦めたようにエトさんから目を逸らすと、剣聖さんは一直線に僕の方へと近付いてきた。「お前ちゃんに用事があるんだなぁ、俺ちゃん」


 言って、二人称までユニークだった彼は、どっかりベッドの上に腰掛ける。

 その座り方だと、どうだろう、ぎりぎり《この子》の足踏んでねえかなそれ。


「なんつーんだろうね、やっぱり必要だと思うわけさ、俺ちゃん」


「えーっと」


「物語の初まりには必要不可欠な通過儀礼、最低限の礼儀にして必要演目。そう――挨拶ってヤツさ」


 剣聖は、言った。


「ロイズ・アルヴァート――《当代》じゃないけど、一応剣聖ね?」


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