第8話「外の気配」
翌朝。
目が覚めたとき、体の重さは少しだけ抜けていた。
まだ完全じゃない。
でも、昨日よりは動く。
(……戻ってるな)
ゆっくりと体を起こす。
部屋の中は静かだった。
いつもより、人の気配が少ない。
(……?)
少しだけ引っかかる。
そのまま、足を下ろす。
まだ不安定だが、立てないほどじゃない。
扉の方を見る。
開いている。
普段なら、母が閉めているはずだ。
(……珍しいな)
小さく思いながら、外に出る。
◆
家の外。
朝の空気は、いつもと同じはずだった。
風もある。
光もある。
人もいる。
なのに——
(……なんだ)
少しだけ、ざわついている。
声が小さい。
いつもより、落ち着かない。
人の動きも、どこかぎこちない。
目が合う。
すぐ逸らされる。
(……見てるな)
昨日と同じ。
でも、少し違う。
“知っている”ような視線。
その理由を考える前に——
「エリシア!」
声が飛んできた。
ルナだ。
いつもより少し早い。
息を切らして、こちらに来る。
「だいじょうぶ!? もう動いていいの?」
距離が近い。
でも、昨日よりは嫌じゃない。
「……だいじょぶ」
短く答える。
ルナは少しだけ安心したように笑う。
そのあと、周囲を気にするように視線を動かした。
「なんかね……へんなの」
小さな声で言う。
「みんな、ちょっとおかしいっていうか……」
(……やっぱりか)
感じていたものと一致する。
「きのうのこと、話した?」
ルナは少しだけ困った顔をする。
「うん……おかあさんにだけ」
「でも、村の人も知ってるみたいで……」
言いながら、また周囲を見る。
確かに。
さっきから視線を感じる。
直接ではない。
でも、意識されている。
(……広がってるな)
小さく思う。
あの出来事は、思っていたより軽くない。
◆
「エリシア」
後ろから声がした。
振り向く。
父だ。
ガイル。
その表情は、昨日よりも固い。
「来なさい」
短く言う。
それだけで、空気が変わる。
断れない雰囲気。
「……うん」
小さく頷く。
ルナが少し不安そうにこちらを見る。
軽く頷き返す。
父の後についていく。
◆
連れて行かれたのは、村の少し外れだった。
人が少ない場所。
昨日、ルナと行こうとした方向とは逆。
(……避けてるな)
なんとなく分かる。
あの場所には、近づかないようにしている。
しばらく歩いて、止まる。
「ここでいい」
父が言う。
振り返る。
視線が、まっすぐ向けられる。
「……もう一度だ」
(……やっぱりか)
予想はしていた。
昨日のこと。
ルナの話。
そして、自分の様子。
何もないはずがない。
「なにがあったか、話してごらん」
(……分からない)
そう答えるしかない。
でも——
「……さわった」
それだけは言える。
「それで……消えちゃった」
言葉は足りない。
でも、事実はそれだけだ。
父は少しだけ目を細める。
考えている。
疑っているわけではない。
確かめている。
「もう一度、出来るか」
(……やるのか)
正直、分からない。
できる保証はない。
むしろ——
(……こわいな)
自分の手を見る。
昨日と同じ。
何も変わらない。
でも——
(……違ったはずだ)
あの時は、確かに何かがあった。
「……わからない」
正直に言う。
父は、少しだけ息を吐く。
「そうか」
それ以上は言わない。
無理にやらせようとはしない。
その沈黙の中で——
ふと、感じた。
(……ある)
微かに。
ほんの少しだけ。
昨日と同じ違和感。
遠く。
弱い。
でも、確かにある。
(……まだ、いる)
顔を上げる。
無意識に、視線が向く。
「どうした」
父の声。
「……あっち」
指を向ける。
昨日とは違う方向。
でも、似ている。
「……なんだ」
父の目が変わる。
さっきまでより、鋭い。
そして——
少しだけ、緊張が走る。
(……やっぱり、終わってない)
小さく息を吐く。
昨日のことは、偶然じゃない。
あれは、一回で終わるものじゃない。
そして——
(……外にも、ある)
村の中だけじゃない。
もっと広い。
もっと遠く。
その気配が、わずかに広がっている。
まだはっきりとは分からない。
でも——
確実に。
世界のどこかで、同じものが動いている。
そう感じていた。




