第7話「目を覚ましたあと」
目を開けたとき。
最初に感じたのは——重さだった。
体が、うまく動かない。
意識も、どこかぼんやりしている。
(……ここは)
視界がゆっくりと動く。
見慣れた天井。
自分の部屋だと分かるまでに、少し時間がかかった。
「……エリシア?」
声がした。
横を見る。
ルナがいた。
すぐ近く。
心配そうに、こちらを見ている。
「よかった……」
小さく息を吐く。
その顔は、少しだけ崩れていた。
泣きそうな顔。
(……ああ)
そこで、少しだけ思い出す。
草。
影。
あの、気配。
(……消えた、のか)
はっきりとは思い出せない。
でも、何かがあったことだけは分かる。
「……だいじょぶ」
声を出す。
少しだけかすれる。
でも、伝わるくらいにはなっていた。
「ほんと?」
ルナが身を乗り出す。
「……うん」
短く答える。
それだけで、少しだけ表情が緩む。
その時だった。
「起きたのか」
低い声。
部屋の入口に、父が立っていた。
ガイル。
その後ろから、母も顔を出す。
「エリシア……!」
すぐに近づいてくる。
手が、額に触れる。
「熱は……ないみたいね」
ほっとしたように息を吐く。
「急に倒れたって聞いて……」
その言葉で、理解する。
(……倒れた、のか)
自分では、そこまで覚えていない。
ただ、体が重い理由は分かった。
「……なにが、あった」
父が静かに聞く。
視線は鋭い。
でも、責めているわけじゃない。
確かめている。
(……どうする)
考える。
説明できるか。
いや——
(無理だな)
分かっている。
自分でも分からないのだから。
「……わからない」
そう答えるしかなかった。
少しの沈黙。
その間に——
「でもね!」
ルナが声を上げた。
勢いよく立ち上がる。
「なんか変なのがいて! それで——」
言葉を探す。
でも、うまくまとまらない。
「その……黒くて、よく分からないやつで……」
自分でも信じきれていないのが分かる。
でも、必死に伝えようとしている。
「エリシアが、こうやって……」
手を前に出す。
真似をするように。
「そしたら、消えて……」
そこまで言って、止まる。
部屋の空気が、少し変わる。
父と母の視線が、交差する。
(……信じてない、か)
当然だと思う。
自分でも、同じ立場なら信じない。
でも——
「……本当だよ」
ルナが小さく言う。
さっきよりも、静かな声で。
「ほんとに、あった」
その言葉は、強くはない。
でも、揺れていなかった。
父が、少しだけ目を細める。
そして、こちらを見る。
「……エリシア」
名前を呼ばれる。
その視線は、さっきよりも深い。
何かを測るような目。
(……なんだ)
少しだけ、居心地が悪い。
見られている。
ただ見られているのとは違う。
もっと、内側まで。
(……嫌だな)
小さく思う。
その感覚は、前にもあった気がした。
でも——
逃げない。
視線を、逸らさない。
しばらくして。
父は、息を吐いた。
「……今日は休め」
それだけ言う。
深くは追及しない。
母も、少し迷ったようにしてから——
「何かあったら、すぐ呼んでね」
そう言って、部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静かになる。
「……エリシア」
ルナが、少しだけ近づく。
「ほんとに、大丈夫?」
「……うん」
短く答える。
それでも、少しだけ安心したように見えた。
そのまま、隣に座る。
何も言わずに。
(……なんだろうな)
ふと、思う。
さっきのこと。
あの影。
そして——自分の手。
(……あれ、俺がやったのか)
確信はない。
でも、他に考えられない。
じわりと、胸の奥が重くなる。
(……なんなんだよ、これ)
怖い。
あの影もそうだが——
それ以上に。
(……自分が、一番分からない)
小さく息を吐く。
手を見る。
何も変わらない。
ただの、小さな手。
なのに——
(……さっきは、違った)
確かに、何かがあった。
それだけは、間違いない。
目を閉じる。
少しだけ、疲れていた。
でも——
眠る前に、思う。
(……もう一度、来るかもしれない)
あの“違和感”。
終わっていない。
そんな気がした。
だから——
ゆっくりと、息を吸う。
(……次は)
小さく、思う。
(ちゃんと、分かるようにする)
守るだけじゃなく。
分からないままでもなく。
ちゃんと、見る。
そう決めて——
再び、意識を手放した。




