第6話「触れたもの」
分かる。
理由はない。
でも、間違いなく——いる。
草が揺れる。
風じゃない。
何かが、そこにいる。
ルナの声が震える。
「エリシア……」
服を掴む手に、力が入る。
(……離すな)
そう思う。
口には出さない。
でも、伝わる気がした。
息を整える。
逃げるか。
それとも——
(……無理だな)
判断する。
距離が近い。
今から走っても、間に合わない。
なら——
(……ここで、止める)
考えるより先に、足が動いた。
ルナの前に出る。
小さな体で、壁になる。
「……え?」
ルナが小さく声を上げる。
次の瞬間。
草の中から、それは現れた。
黒い影。
輪郭が、はっきりしない。
獣のようにも見える。
でも——
生き物じゃない。
足が、動かない。
逃げたいのに、動かない。
視線だけが外せない。
引き込まれるように。
「……っ」
ルナが息を呑む。
影が、動く。
ゆっくり。
でも確実に——こちらへ。
(……まずい)
思った瞬間だった。
体が、勝手に動いた。
手を伸ばす。
前に。
触れる。
何もないはずの空間に——何かがある。
指先に、違和感。
冷たい。
でも、ただの冷たさじゃない。
(……これ、は)
その瞬間。
じわり、と。
内側から、何かが溢れた。
あの時と同じ。
でも、もっと強い。
手から流れる。
見えない何か。
触れた場所に広がる。
影が、揺れた。
形が崩れる。
歪む。
「……え?」
ルナの声。
影が、一歩下がる。
(……効いてる?)
分からない。
でも、止まっている。
もう一度。
意識する。
(……消えろ)
強く、思う。
その瞬間。
流れが変わる。
広がる速度が増す。
影を包む。
歪みが、大きくなる。
そして——
ぱき、と。
何かが砕けるような音がした。
次の瞬間。
影は、消えていた。
⸻
静かになった。
風が戻る。
音も戻る。
さっきまでの異常が、嘘みたいに消えていた。
「……エリシア?」
ルナの声。
少し震えている。
振り返る。
無事だ。
怪我もない。
(……よかった)
その瞬間。
力が抜けた。
膝が崩れる。
「えっ、ちょっと!?」
ルナが慌てて支える。
視界が揺れる。
意識が遠くなる。
(……なんだ、今の)
分からない。
でも——
はっきりしていることがある。
あれは、普通じゃない。
そして——
自分も。
同じだった。
そのまま、意識が落ちる。
最後に見えたのは——
不安そうなルナの顔だった。




