第5話 近づくもの
その日は、少しだけ静かだった。
いつもと同じ時間。
なのに——
「……エリシアー!」
聞こえてくる声が、少し遅い。
(……遅いな)
視線を向ける。
走ってくる影。
変わらない。
でも——
(……なんか、違う)
うまく言えない。
けれど、昨日のあの場所の感覚が、頭の奥に残っている。
(……来る、ってやつ)
無意識に、手を握る。
◆
「ねえ、エリシア」
ルナが近づいてくる。
少し息が上がっている。
「今日も、あっち行く?」
軽い調子。
昨日のことを、あまり気にしていないように見える。
(……行かない方がいい)
そう思う。
はっきりとした理由はない。
でも——嫌な感じがする。
「……だめ」
短く言う。
言葉は、まだぎこちない。
それでも、はっきりと否定した。
「え?」
ルナが目を瞬く。
「どうして?」
(……説明できない)
分かっている。
自分でも分からないのだから。
でも——
「……あぶない」
「危ない?」
ルナが首を傾げる。
少しだけ考えて——
「……昨日の?」
そこまで言って、少し黙る。
完全に信じているわけではない。
でも、無視もしていない。
「……じゃあ、やめとく」
あっさりと言った。
(……いいのか)
少し意外だった。
もっと強く言われると思っていた。
でも——
「エリシアがそう言うなら、やめる」
その言葉に、少しだけ胸が引っかかる。
(……慣れないな)
そういうのは。
◆
そのまま、二人で村の中を歩く。
人の声。
生活の音。
いつもの空気。
なのに——
(……まだ、ある)
違和感が消えない。
むしろ、少しだけ強くなっている。
方向は——分かる。
昨日の場所。
(……来てる)
そう思った瞬間だった。
ざわり、と。
空気が揺れた。
「……え?」
ルナが立ち止まる。
周囲を見回す。
「今、なんか……」
言いかけて、止まる。
言葉にできないからだ。
でも、感じている。
確実に。
(……やっぱり)
来ている。
音が消える。
風が止まる。
人の声が、遠くなる。
代わりに——
何かが近づいてくる気配。
「エリシア……」
ルナの声が小さくなる。
怖がっている。
(……守る、か)
小さく息を吐く。
考えるより先に、体が動く。
手を伸ばす。
ルナの服を、掴む。
「……そば」
言葉が足りない。
「……いて」
それでも、伝える。
ルナが、こくりと頷く。
次の瞬間。
草が、揺れた。
——何かがいる。
見えない。
でも、いる。
確実に。
(……来る)
息を止める。
逃げるか。
動くか。
判断する時間は——もう、ほとんど残っていなかった。




