第4話 ずれているもの
ルナが来るのが、当たり前になっていた。
決まった時間。
決まった声。
「エリシアー!」
今日も、同じように始まる。
(……来たな)
視線を向ける。
走ってくる影。
変わらない。
少しだけ、安心する。
◆
「ねえ、今日はちょっとだけ向こうに行かない?」
ルナが指差す。
村の端。
その先には、木が増えている場所がある。
森、と呼ぶほどではないが。
奥までは、あまり行かない場所だ。
(……あっちか)
なんとなく、視線を向ける。
いつもと同じ景色。
のはずなのに——
(……?)
少しだけ、引っかかる。
理由は分からない。
でも。
ほんのわずかに、“違う気がした”。
「大丈夫だよ、すぐ戻るし!」
ルナは気にしていない。
(……どうする)
一瞬、迷う。
前なら——
(面倒だからやめる、だな)
でも、それはしない。
「……うん。わかった」
小さく、声が出る。
まだぎこちない。
でも、言葉になっていた。
「ほんと!? やった!」
ルナが笑う。
そのまま、手を引かれる。
少し強い。
でも——嫌じゃない。
◆
村の端。
草が少し伸びている。
人の気配は、少し遠い。
(……静かだな)
風はある。
葉も揺れている。
でも——
(何か、足りない)
そう思った。
音。
鳥の声が、ほとんどない。
虫の音も、少ない。
「ねえ見て、これ!」
ルナがしゃがみ込む。
その先に視線を落とす。
小さな動物がいた。
動かない。
倒れている。
「大丈夫かな……」
ルナがそっと手を伸ばす。
(……待て)
反射的に思う。
(なんか、変だ)
怪我はない。
血も出ていない。
でも。
様子が、どこかおかしい。
呼吸はしている。
なのに——違う。
「……エリシア?」
ルナが振り返る。
(……どうする)
考える。
前なら、関わらない。
でも——
(それでいいのか)
小さく息を吐く。
足を動かす。
近づく。
しゃがむ。
手を伸ばす。
(……やっぱり、変だ)
触れる前に、分かる。
空気が、少しだけ歪んでいる気がする。
言葉にできない違和感。
それでも——
手で、触れる。
その瞬間。
じわり、と。
何かが流れた。
(……また、これか)
以前、感じたもの。
でも、今回は違う。
触れた場所から、広がる。
何かを“整える”ように。
小さな動物の呼吸が、わずかに安定する。
「……あ」
ルナが小さく声を漏らす。
「今、ちょっと……」
言葉が続かない。
何が起きたのか、分からないからだ。
(……なんだ、これ)
理解できない。
でも——起きたことだけは分かる。
その時だった。
風が、止まる。
(——来る)
頭の奥で、声がする。
理屈じゃない。
でも、確信がある。
「……ルナ」
「え?」
「……いこ」
短く言う。
ルナは少し戸惑う。
でも——
「……うん」
すぐに頷いた。
◆
そのまま立ち上がる。
背を向ける。
歩き出す。
振り返らない。
何がいるか分からない。
でも——見ない方がいいと分かっていた。
しばらく歩く。
何も起きない。
それでも——緊張は消えない。
村の音が戻ってきたとき。
ようやく、息を吐いた。
「ねえ、さっきの……」
ルナが小さく言う。
エリシアは、答えない。
答えられない。
(……分からない)
ただ一つ。
はっきりしていることがあった。
あの場所は——普通じゃない。
そして。
その違和感は——
まだ、終わっていない気がしていた。




