第53話「はじめての図鑑」
昼前。
管理局の玄関が少しだけ賑やかになっていた。
昨日運び込まれた木箱が、資料室へ並べられている。
局員たちが本を一冊ずつ棚へ収めていた。
◆
エリシアはそっと資料室を覗く。
見慣れない背表紙。
見慣れない色。
どれも少しだけ大きい。
◆
「気になりますか?」
シアラが微笑む。
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「……うん。」
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「では。」
シアラは棚の一番下から、一冊だけ取り出した。
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とても大きな本だった。
エリシアの胸ほどもある。
厚く、重い。
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「これは本部から届いた図鑑です。」
◆
「ずかん?」
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「たくさんのことを絵で教えてくれる本ですよ。」
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エリシアは目を輝かせた。
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机へ運び、ゆっくり開く。
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最初のページには——
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大きな森。
川。
山。
空を飛ぶ鳥。
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「わぁ……。」
◆
思わず声が漏れた。
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文字は読めない。
でも。
絵を見ているだけで楽しい。
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ページをめくる。
◆
次は動物。
角の長い鹿。
丸い耳の小さな獣。
木の上で眠る動物。
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またページをめくる。
◆
今度は空だった。
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白い雲。
大きな月。
夜空いっぱいの星。
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エリシアは、そのページで手を止めた。
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(……きれい。)
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夜空を見たことはある。
でも。
こんなふうに絵で見るのは初めてだった。
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「先生。」
◆
「はい。」
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エリシアは夜空の絵を指差した。
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「……これ。」
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「なんて?」
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シアラは絵を見て微笑む。
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「『星』です。」
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「ほし。」
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「そう。」
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「夜になると空で光る、小さな光ですよ。」
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「……ほし。」
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エリシアは何度もその言葉を口にした。
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少しページをめくる。
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今度は大きな鳥。
◆
「……これ。」
◆
「これは『鷲』です。」
◆
「わし。」
◆
また一つ覚えた。
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さらにページをめくる。
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今度は見たこともない大きな生き物。
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長い首。
大きな翼。
鋭い瞳。
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エリシアは思わず身を乗り出した。
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「……せんせい。」
◆
「これ。」
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シアラはその絵を見る。
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「これは『竜』です。」
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「りゅう。」
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「昔から世界中に伝わる、とても強く賢い生き物だと言われています。」
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エリシアは竜の絵から目が離せなかった。
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(……ほんとに。)
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(……いるのかな。)
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その横には、たくさんの文字が並んでいる。
◆
(……よみたい。)
◆
初めてだった。
◆
絵ではなく。
その文字が気になった。
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何が書いてあるんだろう。
もっと知りたい。
◆
その気持ちが胸いっぱいに広がる。
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その様子を見ていたシアラは、小さく微笑んだ。
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「焦らなくて大丈夫ですよ。」
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「文字は逃げません。」
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「今日一つ。」
◆
「明日一つ。」
◆
「そうして読めるようになればいいんです。」
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エリシアは静かに頷いた。
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「……うん。」
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その日の夜。
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記録帳を開く。
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今日は竜の絵を描いた。
少し歪んでいる。
翼も左右で大きさが違う。
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でも。
その横には、一生懸命書いた文字が並んでいた。
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「りゅう」
◆
そして。
その下にもう一つ。
◆
「よみたい」
◆
ページを閉じる。
胸に抱く。
◆
まだ読めない。
でも。
いつかきっと読める。
◆
その日。
エリシアは初めて、
「知りたいから文字を覚えたい」
と思った。




