第52話「先生の先生」
翌朝。
管理局はいつもより少しだけ慌ただしかった。
廊下を行き交う局員たち。
普段より掃除も念入りに行われている。
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「なんか今日、みんな忙しそうだね。」
アレンがきょろきょろと辺りを見回す。
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「……うん。」
エリシアも頷いた。
昨日の「本部から来る先生」の話が頭に残っている。
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午前の訓練が終わると、子どもたちは中庭で休憩をしていた。
その時だった。
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ガラガラと荷車の音が近づいてくる。
荷物を運ぶ局員たち。
本箱や木箱が次々と運び込まれていく。
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「本だ!」
ミレアが嬉しそうに声を上げた。
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木箱には、
『本部資料室』
と刻まれている。
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(……ほんぶ。)
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エリシアは思わず近づいた。
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局員が木箱を開ける。
中には見たこともない分厚い本が何冊も入っていた。
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地図。
植物。
魔物。
歴史。
そして、見たことのない文字で書かれた古い本。
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(……いっぱい。)
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その光景だけで胸が高鳴る。
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「触ってもいいですか?」
シアラが局員へ尋ねる。
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「子どもたちにはまだ難しい内容ですが。」
「見るくらいなら構いませんよ。」
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エリシアはそっと一冊を開いた。
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読めない。
文字はほとんど分からない。
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でも。
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そこには綺麗な挿絵が描かれていた。
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巨大な樹。
空を飛ぶ竜。
見たこともない街。
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(……せかい。)
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自分が知っている世界なんて、本当に小さい。
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「気になる?」
シアラが隣へ来た。
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「……うん。」
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「全部読みたい?」
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エリシアは迷わず頷く。
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「……よみたい。」
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シアラは嬉しそうに笑う。
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「その気持ちを忘れないでください。」
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「文字を覚えれば、少しずつ読めるようになります。」
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エリシアは本をそっと閉じる。
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(……はやく。)
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(……よめるように。)
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そう思った。
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その日の午後。
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局長室。
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一人の局員が報告へ来ていた。
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「明日の昼頃には到着予定です。」
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局長は静かに頷く。
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「そうか。」
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「久しぶりですね。」
シアラが微笑む。
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「ああ。」
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「十年ぶりになる。」
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少しだけ懐かしそうな表情を浮かべる。
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「昔は毎日のように叱られた。」
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シアラは思わず笑った。
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「局長でもですか?」
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「もちろんだ。」
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「未熟だったからな。」
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その言葉を、部屋の外で偶然聞いてしまったエリシアは目を丸くする。
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(……きょくちょうも。)
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(……しかられた。)
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なんだか少し安心した。
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局長も。
先生も。
最初からすごかったわけじゃない。
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(……じゃあ。)
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(……わたしも。)
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少しずつでいい。
昨日より今日。
今日より明日。
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その日の夜。
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記録帳を開く。
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今日描いたのは、一冊の本。
その横に、小さく文字を書く。
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「ほん」
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少し考えて。
もう一行。
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「よみたい」
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文字はまだ曲がっている。
それでも、その二つの言葉には、今のエリシアの素直な願いが込められていた。
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窓の外では、静かな夜風が吹いている。
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そして翌日。
本部から、一人の”先生”がこの支部へやって来る。
その出会いが、エリシアの世界をもう一歩広げることになる。




