第54話「季節は少しずつ」
あれから、いくつもの朝を迎えた。
季節は少しずつ移り変わり、中庭の花壇にも新しい花が咲き始めていた。
エリシアの日課も、いつの間にか当たり前になっている。
朝は木剣。
昼は勉強。
夕方は記録帳。
眠る前は図鑑を開く。
そんな毎日だった。
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資料室の窓際。
今日もエリシアは大きな図鑑を開いている。
前に見た竜のページではない。
今日は鳥のページだった。
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色とりどりの鳥が描かれている。
赤い鳥。
青い鳥。
尾の長い鳥。
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エリシアは指で一羽ずつなぞっていく。
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「先生。」
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「はい。」
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「……これ。」
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シアラが本を覗き込む。
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「これは”ツバメ”ですね。」
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「つばめ。」
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エリシアはゆっくりと繰り返した。
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「春になると帰ってくる鳥なんですよ。」
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(……かえってくる。)
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その言葉が少し気になった。
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「どこから?」
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以前より少しだけ長い言葉になっていた。
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シアラは嬉しそうに微笑む。
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「遠くの国です。」
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「寒い季節が終わると、毎年ここへ戻ってくるんです。」
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エリシアは窓の外を見る。
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(……とおく。)
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まだ見たことのない場所。
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(……あるんだ。)
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昼休み。
アレンが木剣を肩に担いでやって来た。
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「エリシア!」
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「見て!」
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木剣を振る。
前よりもずっと滑らかだった。
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「先生に褒められた!」
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満面の笑み。
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エリシアも嬉しくなる。
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「……すごい。」
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「えへへ。」
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「でもさ。」
アレンは少し照れくさそうに笑う。
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「昨日より少しだけなんだ。」
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「でも、それでいいんだって。」
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エリシアはその言葉を聞いて、自分の記録帳を思い出した。
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(……すこしだけ。)
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それでいい。
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毎日。
少しだけ。
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夕方。
今日も記録帳を開く。
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今日はツバメを描いた。
昨日より少しだけ上手だった。
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その横へ、ゆっくり文字を書く。
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「つばめ」
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さらに、その下へ。
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「はる」
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少し前なら書けなかった文字だった。
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シアラが後ろから覗く。
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「文字が増えてきましたね。」
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エリシアは照れながら笑う。
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「……ちょっと。」
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言葉も、前より自然になってきている。
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その夜。
局長は資料室で一冊の記録帳を開いていた。
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それはエリシアのものではない。
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局長自身が若い頃につけていた記録帳だった。
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最初のページ。
そこには、ぎこちない文字で書かれている。
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「火は熱い。」
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それだけだった。
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局長は思わず笑う。
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「私も……同じだったな。」
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昔の自分も。
エリシアと同じように、何も知らない子どもだった。
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だからこそ分かる。
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一歩ずつ進むことの大切さを。
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窓の外では、一羽のツバメが夕焼け空を横切っていった。
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それを見上げながらエリシアは小さく呟く。
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「……いつか。」
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「わたしも。」
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「……いろんなところへ。」
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まだ幼い夢。
でも、その瞳は少しだけ遠くを見ていた。




