第47話「先生も知らないこと」
朝の授業が終わると、シアラは子どもたちを資料室へ集めた。
今日は文字ではない。
机の上には、いくつかの植物が並べられていた。
赤い花。
細長い葉。
丸い実。
見たことのあるものもあれば、初めて見るものもある。
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「今日は観察の勉強をします。」
シアラは一枚の葉を手に取る。
「大切なのは、名前を覚えることではありません。」
「まずは、よく見ることです。」
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子どもたちは植物を囲んだ。
アレンは葉っぱを裏返したり、匂いを嗅いだりしている。
「これ、いい匂い!」
ミレアは花びらを数えていた。
「七枚……かな?」
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エリシアは何も触らなかった。
ただ、じっと見ていた。
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(……あ。)
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一枚だけ。
葉の色が少し違う。
同じ植物なのに、端だけ少し黄色くなっている。
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「先生。」
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「はい。」
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「……これ。」
小さな指で葉を指差す。
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「……いろ。」
「ちがう。」
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シアラは葉を受け取り、しばらく眺めた。
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「本当ですね。」
少し驚いたように笑う。
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「どうしてだと思いますか?」
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子どもたちは首を傾げる。
「病気?」
「虫かな?」
「日焼け?」
いろいろな答えが飛び交う。
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シアラは頷いた。
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「どれも考えられます。」
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「でも――」
葉をそっと机へ戻す。
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「先生にも、まだ分かりません。」
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教室が静かになる。
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アレンが驚いた顔をした。
「先生でも?」
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シアラは笑う。
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「ええ。」
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「先生だからといって、全部知っているわけではありません。」
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「知らないことは、調べます。」
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「分からないことは、考えます。」
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「それが勉強なんです。」
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エリシアはその言葉を、心の中で何度も繰り返した。
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(……先生も。)
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(……しらない。)
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それは不思議だった。
でも、少し嬉しくもあった。
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授業が終わると、エリシアは記録帳を開いた。
葉っぱの絵を描く。
黄色い部分だけ、少し濃く塗る。
その横に、小さな「?」を書く。
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「おっ。」
後ろからアレンが覗き込む。
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「これ、なに?」
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「……わかんない。」
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「だから。」
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「……かいた。」
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アレンは少し考えてから笑った。
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「じゃあさ!」
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「分かったら、あとで書けばいいね!」
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エリシアは目を丸くする。
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(……あとで。)
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そうか。
今日答えが出なくてもいいんだ。
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分かった日が来たら、その時に続きを書けばいい。
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記録帳は、一日で終わるものじゃない。
少しずつ増えていくものなんだ。
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その日の夕方。
シアラは局長へ今日の授業の報告をしていた。
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「エリシアは、葉の色の違いに気付きました。」
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局長は微笑む。
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「観察力が育っていますね。」
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「それだけではありません。」
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「答えが出ないことも、そのまま記録していました。」
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局長は静かに窓の外を見る。
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「それでいい。」
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「研究とは、答えを書くことではない。」
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「問いを残すことでもある。」
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その頃。
部屋へ戻ったエリシアは、記録帳をもう一度開いていた。
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葉っぱの横の「?」を見つめる。
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(……いつか。)
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(……わかるかな。)
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小さく微笑む。
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答えは、まだない。
だから面白い。
その日、エリシアは初めて――
「分からないことがあるのは、悪いことじゃない。」
と、心から思えた。




