第43話「見えない足跡」
管理局へ戻った翌日。
エリシアはいつものように朝の訓練を受けていた。
木剣を振る。
一歩踏み込む。
また振る。
昨日より少しだけ体が軽い。
(……また、できた。)
小さな変化だった。
でも、それが嬉しい。
◆
訓練が終わろうとした、その時だった。
管理局の門が勢いよく開いた。
「誰か!」
「局員さんはいますか!」
息を切らした男性が飛び込んでくる。
服は泥だらけ。
肩で大きく息をしていた。
◆
教官がすぐに駆け寄る。
「何がありました。」
◆
「家畜が……。」
「牛が何頭も倒れてるんです!」
◆
その場の空気が変わる。
◆
局員たちが一斉に動き始めた。
武器を持つ者。
地図を広げる者。
治療道具を準備する者。
◆
(……はやい。)
エリシアは思わず見入っていた。
誰も慌てない。
それぞれが、自分の役割を知っている。
◆
局長が短く指示を出す。
「第三班。」
「現地確認。」
「第二班。」
「周辺警戒。」
「報告は十分ごと。」
◆
「了解。」
返事が重なる。
数十秒後には、局員たちは門を飛び出していた。
◆
静かになる。
残された子どもたちは、不安そうに顔を見合わせていた。
◆
「先生。」
アレンが尋ねる。
「影喰い?」
◆
シアラは少しだけ考える。
◆
「まだ分かりません。」
「だから確認しに行くんです。」
◆
エリシアはその言葉を聞いて、小さく頷いた。
(……きめつけない。)
◆
分からない。
だから調べる。
◆
それは、局長が言っていたことと同じだった。
◆
夕方。
討査へ向かった局員たちが戻ってきた。
◆
全員無事だった。
そのことに、子どもたちはほっと息をつく。
◆
報告が始まる。
◆
「牛六頭が衰弱。」
「襲われた形跡なし。」
「外傷なし。」
「魔物の痕跡なし。」
◆
局長が腕を組む。
◆
「原因は?」
◆
局員は首を振った。
◆
「現時点では不明です。」
◆
エリシアは、その報告を静かに聞いていた。
◆
(……ちがう。)
◆
昨日感じた違和感とは。
少しだけ。
違う気がした。
◆
でも。
自信はない。
◆
だから何も言わなかった。
◆
その夜。
◆
資料室。
◆
局長は報告書を閉じる。
◆
「原因不明、か。」
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隣にはシアラ。
◆
「影喰いではないのでしょうか。」
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局長は静かに首を振る。
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「分からない。」
◆
「だから決めつけない。」
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その言葉に、シアラは頷く。
◆
その時だった。
◆
コンコン。
◆
扉が小さく鳴る。
◆
「どうぞ。」
◆
ゆっくり扉が開く。
◆
そこに立っていたのは——
エリシアだった。
◆
「……どうしました?」
◆
エリシアは少し迷う。
言葉を選ぶ。
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「……きのう。」
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「もり。」
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「……ちがった。」
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短い言葉。
でも。
局長には伝わった。
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「昨日感じたものと、今日の話は違う。」
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エリシアは何度も頷く。
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「……うん。」
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局長は穏やかに笑った。
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「ありがとう。」
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「大事な報告だ。」
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エリシアは少しだけ照れたように俯く。
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部屋を出ていく小さな背中を見送りながら、シアラが静かに呟く。
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「本当に三歳の子でしょうか。」
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局長は小さく笑う。
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「三歳だからだ。」
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「知ったかぶりをしない。」
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「分からないものを、分からないと言える。」
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「だから、本当の違いに気付ける。」
◆
窓の外では、夜風が木々を揺らしていた。
◆
エリシアはまだ、自分の力の正体を知らない。
けれど。
“違和感を違和感として受け止める力”は、確かに育ち始めていた。




