第38話「はじめての図鑑」
朝の鐘が鳴る前。
エリシアはもう目を覚ましていた。
窓から差し込む朝日を見ながら、小さく伸びをする。
(……きょうも。)
起きる。
食べる。
訓練する。
勉強する。
少し前までは毎日同じだと思っていた。
でも今は違う。
毎日、何か一つ新しいことを知る。
それが少し楽しみになっていた。
◆
朝食を終えたあと。
エリシアは訓練場ではなく資料室へ向かっていた。
まだ授業までは少し時間がある。
昨日借りた植物図鑑を返すためだ。
◆
資料室にはシアラがいた。
本棚を整理している。
「おはようございます。」
「……おはよ。」
まだ少し言葉はぎこちない。
でも以前よりは、はっきり話せるようになっていた。
◆
図鑑を返す。
「全部見ましたか?」
「……うん。」
「でも。」
少し考える。
「……もじ。」
「まだ、わかんない。」
シアラが優しく笑う。
「それでいいんです。」
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「絵を見ることも勉強です。」
「名前を知ることも勉強です。」
「分からないと思うことも勉強なんですよ。」
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(……わからないも。)
その言葉が少し不思議だった。
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「先生。」
「……どうして?」
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シアラはしゃがみ、エリシアと目線を合わせる。
「分からないから、人は知ろうとするんです。」
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「もし全部知っていたら。」
「本なんて読む必要もありません。」
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エリシアは小さく頷いた。
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(……そっか。)
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知らない。
だから知りたい。
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それでいいんだ。
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「これ。」
シアラは棚から一冊の小さな本を取り出した。
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今度は図鑑ではない。
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大きな文字が並んでいる。
その横には可愛らしい絵。
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「文字の本です。」
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「一日一つ。」
「覚えていきましょう。」
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エリシアは大事そうに受け取った。
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表紙には大きく一文字。
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『あ』
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(……あ。)
昨日覚えた文字だった。
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「読めましたね。」
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シアラが嬉しそうに言う。
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エリシアも少しだけ嬉しくなる。
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「……よめた。」
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その時だった。
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「エリシア!」
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元気な声が資料室に響く。
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アレンだった。
勢いよく入ってきて、慌てて立ち止まる。
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「あ……。」
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「ご、ごめんなさい。」
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シアラは苦笑した。
「ここでは静かに、ですよ。」
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「はーい……。」
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少ししょんぼりするアレン。
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その様子がおかしくて。
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エリシアは思わず笑った。
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「……ふふ。」
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「あっ!」
アレンが驚く。
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「エリシア、笑った!」
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「え?」
エリシアはきょとんとする。
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「いつもあんまり笑わないのに!」
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そう言われると少し恥ずかしい。
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「……そう?」
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「うん!」
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「笑ったほうがかわいい!」
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その一言で。
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エリシアは顔を赤くした。
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「…………。」
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言葉が出ない。
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シアラが小さく笑う。
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「アレン。」
「女の子は照れるものですよ。」
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「え?」
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「そうなの?」
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本気で首を傾げるアレン。
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その姿に。
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今度は三人とも笑ってしまった。
◆
資料室には。
久しぶりに、子どもたちの笑い声が響いていた。




