第37話「名前」
資料室へ通うようになってから、数日が過ぎた。
朝は木剣の訓練。
昼は文字の勉強。
時間があれば資料室。
それが、エリシアの日課になり始めていた。
◆
午後の訓練が終わる。
子どもたちは、それぞれ好きな場所へ散っていく。
エリシアは木剣を抱えながら、いつもの訓練場へ向かった。
そこには、やっぱりあの少年がいた。
金色の髪。
今日も一人で木剣を振っている。
◆
(……また。)
少しだけ笑う。
自然と足が向いた。
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「……やる?」
少年が振り返る。
◆
「……うん。」
エリシアも木剣を構える。
二人で並ぶ。
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ブン。
ブン。
◆
木剣の音だけが響く。
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しばらくして。
少年が木剣を肩に乗せた。
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「あ!」
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「そういえば!」
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何か思い出したように笑う。
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「ぼくたち!」
「まだ名前知らない!」
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エリシアも目を丸くする。
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(……ほんとだ。)
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毎日一緒にいたのに。
今まで気づかなかった。
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少年は胸を張る。
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「ぼく、アレン!」
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にこっと笑う。
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「アレンだよ!」
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エリシアも少し照れながら答える。
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「……エリシア。」
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「エリシア!」
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アレンは嬉しそうに名前を繰り返した。
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「よろしく!」
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小さな手を差し出す。
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エリシアは少しだけ迷う。
それから、そっとその手を握った。
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「……よろしく。」
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二人とも笑う。
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それだけ。
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でも。
昨日までより、少しだけ近くなった気がした。
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少し離れた場所では、ミレアがその様子を見ていた。
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「やっと名前聞いたね。」
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くすっと笑う。
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「おそいよ。」
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シアラも穏やかに頷く。
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「名前を知るということは。」
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「その人を知る最初の一歩です。」
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その言葉に、エリシアは小さく頷いた。
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夕方。
掃除を終えたエリシアは、廊下で一冊の古いノートを見つけた。
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「?」
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そっと持ち上げる。
その時。
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「それは私のだ。」
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局長だった。
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「……ご、ごめんなさい。」
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慌てて返そうとする。
局長は優しく笑う。
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「いい。」
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「少しだけ見るか?」
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エリシアは目を輝かせた。
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ページを開く。
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文字。
絵。
地図。
植物。
魔法陣。
影喰いのような絵。
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全部に、小さな書き込みがある。
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「これ……」
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「私が若い頃に調べた記録だ。」
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「分からないことを書いて。」
「調べて。」
「また書いて。」
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局長は静かに笑う。
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「最初から答えはなかった。」
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「だから、自分で探した。」
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エリシアはノートをじっと見つめる。
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(……すごい。)
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こんなふうに。
自分だけの記録を残せるんだ。
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「……わたしも。」
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思わず呟く。
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「いつか。」
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「かいてみたい。」
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局長は優しく頷いた。
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「きっと書ける。」
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「君だけの一冊を。」
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その日。
エリシアの胸に、小さな夢がまた一つ増えた。
“知ったことを、自分の言葉で残したい。”




