第34話「見えない努力」
木剣を振る音が、朝の訓練場に響く。
パンッ。
パンッ。
乾いた音が、一定のリズムを刻んでいた。
◆
「そこまで。」
教官の声で、子どもたちが一斉に木剣を下ろす。
額には汗。
息も少し上がっている。
「今日は昨日より、全員よく動けていた。」
その言葉に、子どもたちの表情が少し明るくなる。
褒められるのは、やっぱり嬉しい。
◆
「ですが。」
教官は一本の木剣を持ち上げる。
「上手く振ることだけが訓練ではありません。」
静かに地面へ木剣を置いた。
「手入れも、大事な訓練です。」
◆
子どもたちは首を傾げる。
「木剣も道具です。」
「使ったら終わりではない。」
「次に使えるように整える。」
◆
(……ととのえる。)
その言葉に、エリシアは少し反応した。
◆
布を渡される。
一人ひとり、自分の木剣を拭き始めた。
泥を落とす。
柄を磨く。
ささくれがないか確かめる。
◆
エリシアも見よう見まねで布を動かす。
ゆっくり。
丁寧に。
◆
(……きれい。)
木の色が少しだけ明るく見えた。
◆
「上手ですね。」
シアラが後ろから声を掛ける。
「道具を大切にできる人は、人も大切にできます。」
◆
エリシアは木剣を見つめた。
◆
影喰いを”整えた”時も。
壊したわけじゃなかった。
◆
この世界では。
“整える”という言葉には、思っていた以上に意味があるのかもしれない。
◆
昼休み。
中庭では子どもたちが走り回っていた。
ミレアは木陰で本を読んでいる。
金髪の少年は、一人で素振りを続けていた。
◆
(……また。)
朝もやっていた。
訓練の後もやっている。
昼休みまで。
◆
エリシアは少しだけ近づく。
「……つかれない?」
◆
少年は木剣を止めた。
「疲れるよ。」
笑って答える。
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「でもね。」
空を見上げる。
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「父さんが言ってた。」
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「努力ってさ。」
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「誰も見てない時にやるものなんだって。」
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エリシアは黙って聞いていた。
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「試合の時だけ頑張っても遅い。」
「毎日の積み重ねが、いつか自分を助ける。」
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そう言って、また木剣を振る。
◆
ブン。
◆
ブン。
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その姿は、決して派手ではない。
魔術も使わない。
特別な才能も見えない。
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でも。
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(……すごい。)
そう思えた。
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エリシアは自分の木剣を見る。
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少し迷う。
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そして。
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少年の隣へ立った。
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「……わたしも。」
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木剣を構える。
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一振り。
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また一振り。
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二人は何も話さない。
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ただ同じリズムで、木剣を振り続ける。
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少し離れた建物の窓から。
局長がその様子を見ていた。
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「仲間、ですか。」
副局長が静かに言う。
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局長は小さく首を振った。
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「まだ違う。」
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「だが、いつか。」
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「互いの背中を預けられる日が来るだろう。」
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その言葉には、不思議な確信があった。
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夕日が訓練場を赤く染める。
小さな木剣が、何度も空を切る。
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まだ誰も知らない。
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この何気ない日々が。
未来の管理局を支える二人の、最初の一歩だったことを。




