第33話「支部という場所」
朝の鐘が鳴る。
管理局の一日は、今日も変わらず始まった。
食堂には子どもたちの笑い声が響く。
パンを頬張る子。
眠そうに目をこする子。
ミレアは今日も静かに本を読んでいた。
「おはよう。」
「……おはよ。」
エリシアが隣へ座る。
少しずつ、この席が自分の居場所になっていた。
◆
朝食を終えると、子どもたちは講義室へ集められた。
今日はシアラではない。
見慣れない女性局員が前に立っていた。
年齢は三十代くらい。
腰には一本の細剣。
落ち着いた雰囲気をまとっている。
「私はリゼット。」
「今日は管理局について教えます。」
◆
教室が静かになる。
リゼットは黒板へ世界地図を描き始めた。
中央大陸。
西方。
北方。
南方。
東方。
海の向こうの島々。
◆
「管理局は、一つではありません。」
丸を描く。
そこから線が伸びる。
また丸が増える。
◆
「世界各地に支部があります。」
「この支部同士が協力しながら、影喰いから人々を守っています。」
◆
(……いっぱい。)
エリシアは目を丸くする。
村しか知らなかった自分には、想像もできない広さだった。
◆
「でも。」
リゼットの声が少しだけ低くなる。
「全ての支部が同じように平和ではありません。」
◆
教室が静まり返る。
◆
「影喰いの発生が少ない地域。」
「毎日のように討伐が行われる地域。」
「支部そのものが壊滅した地域。」
◆
最後の言葉に、子どもたちが息を呑む。
◆
「だから管理局は、互いに助け合います。」
「一つの支部だけでは守れない場所もあるからです。」
◆
エリシアは昨日の報告書を思い出した。
西方第二支部。
被害多数。
(……あそこ。)
きっと今も誰かが戦っている。
◆
「先生。」
一人の子どもが手を挙げた。
「全部の影喰いを倒したら、平和になるの?」
◆
リゼットは少しだけ考える。
そして静かに答えた。
「……それができれば、いいのですが。」
◆
「影喰いは、どこから現れるのか。」
「なぜ現れるのか。」
◆
「それは、今も分かっていません。」
◆
エリシアは思わず顔を上げた。
(……わかってない。)
管理局でも。
誰も。
◆
(……じゃあ。)
(……なんで。)
◆
自分にだけ見えるのだろう。
◆
胸の奥に、小さな疑問が残る。
◆
講義が終わる。
子どもたちが教室を出ていく。
◆
エリシアも立ち上がろうとした、その時だった。
◆
「エリシア。」
◆
リゼットが呼び止める。
◆
「はい。」
◆
「あなたが局長の話していた子ね。」
◆
(……?)
◆
意味は分からない。
首を傾げる。
◆
リゼットは優しく笑った。
「頑張ってね。」
「あなたなら、きっと大丈夫。」
◆
それだけ言って歩いていく。
◆
(……なんで。)
何が大丈夫なのか。
分からない。
◆
でも。
その言葉は、不思議と温かかった。
◆
廊下へ出る。
◆
窓から外を見る。
訓練場では局員たちが剣を交えている。
魔術が飛び交う。
掛け声が響く。
◆
(……ひろいな。)
管理局も。
世界も。
◆
そして。
そのどこかで。
今日も誰かが、影喰いと戦っている。
◆
同じ頃――
◆
雪に覆われた北の地。
◆
一人の少女が、凍った湖の前に立っていた。
年は五歳ほど。
白い息を吐きながら、小さな木槍を握っている。
◆
「まだ終わらない。」
少女は誰に言うでもなく呟く。
◆
湖の向こう。
黒い霧がゆっくりと揺れていた。
◆
その瞳には恐怖はない。
◆
あるのは――
静かな覚悟だけだった。




