第32話「守るということ」
西方支部への討伐隊が出発してから、三日が過ぎた。
管理局は少しだけ静かだった。
いつも聞こえる訓練の掛け声も少ない。
廊下を歩く局員の姿も、どこか疲れて見えた。
(……まだ、かえってない。)
エリシアは窓の外を見つめる。
あの日見送った人たちは、まだ戻ってきていなかった。
◆
「エリシア。」
ミレアが隣へ来る。
「心配?」
「……うん。」
素直に頷く。
「みんな、けがしてないかな。」
◆
ミレアは少しだけ考えてから、小さく笑った。
「きっと大丈夫。」
「先生たち、強いもん。」
◆
(……つよい。)
その言葉を頭の中で繰り返す。
◆
強いから守れる。
強いから助けられる。
◆
(……じゃあ。)
(……わたしは?)
◆
自分は何ができるんだろう。
◆
魔術は使えない。
木剣もまだ上手く振れない。
◆
影喰いだけは見える。
◆
でも。
それだけだ。
◆
(……まだ。)
(……なんにも。)
◆
少しだけ胸が苦しくなる。
◆
その時だった。
◆
「悩んでる顔ですね。」
◆
振り返る。
シアラだった。
どうやら討伐から戻ってきたらしい。
服には小さな傷がある。
腕には包帯も巻かれていた。
◆
「……けが。」
思わず口に出る。
◆
「ああ、これですか?」
シアラは笑う。
「かすり傷ですよ。」
◆
でも。
エリシアには分かった。
かすり傷なんかじゃない。
かなり痛そうだ。
◆
「いたい?」
◆
「少しだけ。」
シアラは正直に答えた。
「でも、それ以上に。」
◆
窓の外を見る。
◆
「守れた命があったので。」
◆
その言葉に、エリシアは静かに目を見開く。
◆
「村の人たちは、みんな無事でした。」
「だから、この傷は安いものです。」
◆
穏やかな笑顔。
◆
(……そういうこと。)
◆
傷つくことが目的じゃない。
◆
戦うことが目的でもない。
◆
守るために戦う。
◆
その順番なんだ。
◆
「エリシア。」
◆
「はい。」
◆
「あなたは強くなりたいですか?」
◆
少しだけ考える。
◆
昔だったら。
前世だったら。
◆
“負けたくない”
そう答えていたかもしれない。
◆
でも今は。
◆
「……まもりたい。」
◆
自然と口から出た。
◆
シアラは少しだけ驚いた。
そして。
優しく笑った。
◆
「それなら、大丈夫ですね。」
◆
「え?」
◆
「強さは。」
◆
「あとから、ついてきます。」
◆
短い言葉だった。
◆
でも。
エリシアの胸の奥に、静かに残った。
◆
その日の夕方。
◆
訓練場。
◆
エリシアは一人で木剣を握っていた。
◆
昨日より。
今日より。
◆
一回だけ多く振る。
◆
二回だけ長く立つ。
◆
誰にも言われていない。
◆
でも。
◆
自分で決めた。
◆
「……いち。」
◆
「……に。」
◆
「……さん。」
◆
まだ幼い声。
◆
それでも。
◆
一振り。
また一振り。
◆
その姿を。
少し離れた場所から局長が見ていた。
◆
「局長。」
隣へ副局長が立つ。
◆
「あの子は特別ですか?」
◆
局長は少し考える。
◆
「……いや。」
◆
静かに首を振った。
◆
「特別だから努力するのではない。」
◆
「努力するから、特別になっていく。」
◆
夕日に照らされる小さな背中。
◆
まだ三歳。
まだ何もできない。
◆
それでも。
◆
その一歩だけは。
誰にも代わることのできない、一歩だった。




