第31話「初めての任務」
翌朝。
管理局の廊下は、いつもより慌ただしかった。
局員たちが足早に行き交う。
聞き取れないほど小さな声で、何かを話している。
(……また。)
昨日と同じ。
どこか空気が張り詰めていた。
◆
「エリシア!」
ミレアが駆け寄ってくる。
「今日の訓練、中止だって。」
「……なんで?」
「局員さんたち、みんな出かけるみたい。」
◆
その時だった。
訓練場の奥から、十数人の局員が姿を現した。
全員、黒い外套を羽織っている。
腰には剣。
背には荷物。
誰も無駄口を叩かない。
◆
「出発する!」
一人の隊長が声を上げた。
局員たちが一斉に頷く。
◆
(……すごい。)
思わず見入ってしまう。
昨日まで授業をしてくれていた人たちとは、まるで別人だった。
◆
「任務だからね。」
ミレアが小さく言う。
「影喰いの討伐。」
◆
(……とうばつ。)
初めて聞く言葉ではない。
でも。
実際に向かう姿を見るのは初めてだった。
◆
局員たちは門へ向かう。
その途中。
一人だけ足を止めた。
◆
シアラだった。
◆
子どもたちの方を見る。
そして微笑む。
「しっかり勉強していてくださいね。」
◆
「はーい!」
子どもたちが元気よく返事をする。
◆
エリシアも小さく手を振った。
「……いってらっしゃい。」
◆
シアラは少し驚いたような顔をした。
それから優しく笑う。
「行ってきます。」
◆
門が開く。
◆
局員たちは外へ出ていく。
◆
その背中を、子どもたちは静かに見送った。
◆
(……あれが。)
(……たたかうひと。)
◆
胸の奥が少し熱くなる。
◆
怖い。
でも。
かっこいい。
◆
そんな感情だった。
◆
その日の午後。
訓練は休みになった。
◆
子どもたちは思い思いに遊び始める。
◆
エリシアは一人、中庭のベンチへ座った。
ぼんやり空を見上げる。
◆
(……みんな。)
(……だいじょうぶかな。)
◆
すると。
◆
隣へ誰かが座った。
◆
局長だった。
◆
「心配か?」
◆
「……うん。」
小さく頷く。
◆
「影喰いは怖い。」
「でも。」
◆
局長は空を見上げる。
◆
「怖いからこそ、立ち向かう者がいる。」
◆
「管理局は、そのためにある。」
◆
エリシアも空を見る。
◆
青い空。
◆
その向こうには。
今この瞬間も戦っている人たちがいる。
◆
「……わたしも。」
◆
局長が横を見る。
◆
「……ああ。」
◆
「いつか、その日が来る。」
◆
「でも。」
◆
局長は穏やかに笑った。
◆
「焦らなくていい。」
◆
「今日は今日しかない。」
◆
「今は、子どもでいなさい。」
◆
その言葉は。
どこか父親のようでもあり。
先生のようでもあった。
◆
「……うん。」
◆
エリシアは小さく返事をする。
◆
その時だった。
◆
ふわり。
◆
風が吹いた。
◆
ほんの一瞬だけ。
胸の奥がざわつく。
◆
(……?)
◆
遠く。
ずっと遠く。
◆
何かが。
消えた。
◆
いや。
◆
誰かが倒した。
◆
そんな、不思議な感覚。
◆
エリシアは無意識に西の空を見つめていた。
◆
一方その頃。
◆
西方第二支部。
◆
戦いを終えた局員たちは、その場に座り込んでいた。
◆
「終わった……。」
◆
傷だらけの隊長が息を吐く。
◆
周囲には消えゆく影喰い。
◆
その奥。
◆
誰も気づかない岩陰から。
一人の幼い少年が、静かにその戦いを見つめていた。
◆
その瞳には恐怖ではなく——
◆
憧れが宿っていた。




