第28話「はじめての一歩」
翌朝。
エリシアは少し早く目を覚ました。
窓から朝日が差し込んでいる。
(……まだ、みんなねてる)
静かな部屋。
隣ではミレアが規則正しい寝息を立てていた。
起こさないように、そっとベッドを降りる。
◆
昨日の木剣。
腕は少しだけ筋肉痛だった。
でも、不思議と嫌じゃない。
(……もういっかい)
そう思った。
◆
まだ朝食までは時間がある。
訓練場も静かだろう。
少しだけ歩いてみよう。
◆
管理局の中庭へ出る。
朝露が芝を濡らしていた。
鳥の声が聞こえる。
空気が澄んでいる。
(……きもちいい)
小さく息を吸う。
冷たい空気が胸いっぱいに広がった。
◆
その時だった。
ヒュン。
◆
風を切る音。
(……?)
音のする方を見る。
◆
昨日の金髪の少年だった。
◆
一人で木剣を振っている。
◆
まだ朝だ。
誰もいない。
◆
それでも。
何度も。
何度も。
木剣を振る。
◆
(……はやい)
昨日より速い。
◆
剣が体の一部みたいだった。
◆
少年はエリシアに気付く。
◆
一瞬だけ目が合う。
◆
すると。
木剣を下ろした。
「おはよう。」
◆
初めて声を聞いた。
◆
「……お、おはよ。」
少しだけ慌てる。
◆
「君も早いね。」
◆
「……うん。」
◆
少しだけ沈黙。
◆
気まずい。
◆
でも。
嫌じゃない。
◆
「一緒にやる?」
◆
思いがけない言葉だった。
◆
(……いっしょ?)
◆
少し考える。
◆
「……いいの?」
◆
「もちろん。」
少年は笑った。
◆
「僕も昨日始めたばかりだから。」
◆
(……え?)
◆
昨日始めた?
◆
あんなに上手なのに。
◆
驚いていると。
少年は照れくさそうに頭を掻いた。
「家で父さんに教わってたんだ。」
◆
(……なるほど)
◆
少し納得した。
◆
エリシアも木剣を持つ。
◆
二人で並ぶ。
◆
「せーの。」
◆
ブン。
◆
エリシアの木剣は少し遅れる。
◆
「大丈夫。」
◆
少年は笑う。
◆
「ゆっくりで。」
◆
もう一度。
◆
ブン。
◆
また少し遅れる。
◆
でも。
◆
三回。
四回。
五回。
◆
少しずつ。
◆
本当に少しずつ。
◆
昨日より自然に振れるようになってきた。
◆
(……できた)
◆
嬉しい。
◆
ほんの少し。
昨日より前へ進めた。
◆
「うまくなったね。」
◆
「……ほんと?」
◆
「うん。」
◆
少年は迷わず頷いた。
◆
その時だった。
◆
「おーい!」
◆
元気な声。
◆
二人が振り向く。
◆
ミレアが走ってくる。
その後ろにはシアラもいた。
◆
「エリシア!」
◆
「もう、起きたなら教えてよ。」
◆
「……ごめん。」
◆
「ふふ。」
ミレアが笑う。
◆
シアラはそんな三人を見て、小さく微笑んだ。
「朝から頑張っていますね。」
◆
「努力は、必ず力になります。」
◆
その言葉に。
金髪の少年が静かに頷く。
エリシアも、小さく頷いた。
◆
朝日が四人を照らす。
◆
まだ始まったばかり。
剣も。
魔術も。
影喰いも。
世界の秘密も。
◆
でも。
今、この瞬間だけは。
ただ一人の少女が、昨日より少しだけ前へ進めた朝だった。




