第26話「静かな決断」
授業を終えた子どもたちが、楽しそうに部屋を出ていく。
廊下には笑い声が響き、さっきまでの静けさが嘘のようだった。
「エリシア、一緒に行こ!」
ミレアが振り返る。
「……うん」
エリシアは小さく頷き、その後を歩き出した。
窓から差し込む夕日が、長い影を廊下に落としている。
その影を見つめながら、エリシアはふと思う。
(……影って、不思議)
ただ光が遮られているだけ。
なのに、自分には別の”影”も見えてしまう。
誰にも見えないものが、自分には見える。
(……なんでなんだろ)
答えはまだ、どこにもなかった。
◆
一方その頃。
局長室では静かな会話が続いていた。
「やはり……あの子でしたか。」
シアラが静かに口を開く。
局長は窓の外を見たまま、小さく頷いた。
「ああ。」
「魔力結晶にも反応しなかった。」
「だが——」
机の上には、一冊の古びた本が置かれている。
革表紙は色褪せ、何度も修復された跡があった。
管理局の奥深くに保管されていた古文書。
普段なら持ち出すことすら許されない資料だ。
局長は静かにページを開く。
そこには一枚の挿絵。
一人の少女。
長い髪。
年齢は十代半ばほど。
その少女の周囲には、黒い影が描かれていた。
そして、その下には古い文字で一文だけ記されている。
“彼女は、誰にも見えぬものを見た。”
局長はゆっくり本を閉じた。
「まだ確証はない。」
「だが……偶然とは思えん。」
部屋に沈黙が落ちる。
シアラも、その意味を理解していた。
「管理局本部には?」
「……まだ報告しない。」
即答だった。
「今報告すれば、あの子は研究対象になる。」
その言葉に、シアラの表情が曇る。
管理局は世界を守る組織だ。
だが、巨大な組織である以上、様々な考えを持つ者がいる。
保護しようとする者。
利用しようとする者。
研究したい者。
局長は、その全てを知っていた。
「あの子には……まだ子どもでいてもらう。」
その言葉は、局長自身への誓いでもあった。
◆
その夜。
寮の部屋。
エリシアはベッドに横になっていた。
天井を見上げる。
今日も色々なことがあった。
魔力。
伝説。
四百年前の少女。
どれも自分には難しい。
でも——
(……たのしかった)
管理局へ来た頃は、不安ばかりだった。
今は違う。
ミレアがいる。
シアラ先生がいる。
局長もいる。
少しずつ、この場所が居場所になってきていた。
自然と目を閉じる。
眠気が近づいてくる。
その時だった。
夢を見た。
◆
真っ白な世界。
何もない。
音もない。
風もない。
その中で、一人の少女が立っていた。
後ろ姿だけが見える。
長い銀色の髪が、ゆっくり揺れていた。
顔は見えない。
でも。
その少女は、振り返ることなく静かに言った。
「……まだ、早い。」
優しい声だった。
「あなたは、まだ知らなくていい。」
エリシアは声を出そうとする。
でも、出ない。
少女は少しだけ空を見上げる。
「だから今は——」
その言葉と同時に、景色が崩れていく。
白い世界が光に溶けていく。
「……生きて。」
最後に、その一言だけが耳に残った。
◆
「……ん。」
目を開ける。
朝日が差し込んでいた。
(……ゆめ?)
ぼんやりと思い返す。
誰だったのか。
思い出せない。
でも。
あの声だけは、不思議と心に残っていた。
「……いきる。」
小さく呟く。
その意味も、まだよく分からない。
それでも。
その言葉だけは、胸の奥で静かに温もりを残していた。




