第23話「見えないもの」
訓練が終わったあと。
エリシアは少しだけ落ち込んでいた。
◆
ミレアはできた。
他の子たちもできた。
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小さな光。
小さな魔力。
それでも、ちゃんと形になっていた。
◆
なのに——
(……なんにも、ない)
自分だけ。
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部屋へ戻る途中も、頭の中はそのことでいっぱいだった。
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「エリシア」
ミレアが声をかける。
「だいじょうぶ?」
◆
「……うん」
反射的に答える。
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でも。
たぶん顔に出ていた。
◆
ミレアは少し困った顔をした。
「先生も言ってたよ」
「人によって違うって」
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「……うん」
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分かっている。
分かっているけど。
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心は、そんなに簡単じゃない。
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前世でもそうだった。
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頭では分かる。
でも、気持ちが追いつかない。
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(……だめだな)
小さく思う。
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そこで。
ふと、違和感を感じた。
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(……あれ?)
◆
足が止まる。
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廊下の窓。
その向こう。
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庭の端。
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黒い何かが見えた。
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(……いる)
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影喰い。
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小さい。
今まで見た中で、一番小さい。
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人の子供くらい。
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でも——
間違いない。
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「ミレア」
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「え?」
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「あそこ」
指を向ける。
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ミレアが見る。
でも首を傾げる。
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「何もないよ?」
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やっぱり。
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エリシアには見える。
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でも、他の人には見えない。
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その時だった。
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影喰いが動いた。
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庭の花壇へ近づく。
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そして——
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花が一輪。
ゆっくり萎れた。
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(……え)
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息を飲む。
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今まで知らなかった。
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影喰いは人だけじゃない。
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植物にも影響する。
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それとも——
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もっと別の何かなのか。
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(……だめだ)
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考える前に。
体が動いていた。
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走る。
◆
「エリシア!?」
後ろでミレアが呼ぶ。
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庭へ出る。
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影喰いは気づいていない。
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ふらふらと揺れている。
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近づく。
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手を伸ばす。
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少し怖い。
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でも——
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(……やる)
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触れる。
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その瞬間。
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世界が静かになった。
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音が消える。
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風も止まる。
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そして——
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見えた。
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(……なに、これ)
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黒い霧の奥。
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壊れた糸。
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絡まった線。
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ひび割れた何か。
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そんな光景。
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理解はできない。
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でも。
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なぜか分かる。
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(……こわれてる)
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影喰いじゃない。
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もっと奥。
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何かが壊れている。
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だから——
影喰いが生まれる。
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そんな気がした。
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気づけば。
手が動いていた。
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直すように。
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整えるように。
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優しく。
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触れる。
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すると——
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黒い霧が崩れた。
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さらさらと。
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砂みたいに。
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消えていく。
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そして。
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花壇の花が、少しだけ元気を取り戻した。
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(……あ)
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その瞬間。
頭の奥が少し痛んだ。
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ふらりと体が揺れる。
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「エリシア!」
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誰かが支える。
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ミレアだった。
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「だいじょうぶ!?」
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「……うん」
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本当は少し違う。
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疲れた。
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ほんの少しだけ。
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でも。
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今までとは違うことが分かった。
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自分は影喰いを倒しているんじゃない。
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影喰いの原因になった何かに触れている。
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そんな気がした。
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その時。
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二階の窓から。
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局長が静かにその光景を見ていたことを——
◆
エリシアは知らなかった。




