第20話「局長」
朝。
目を覚ますと、部屋の空気が少し違っていた。
(……?)
静か。
でも——張っている。
そんな感じ。
◆
ミレアも、もう起きていた。
服を整えている。
少しだけ、いつもより動きが早い。
◆
「……きた?」
エリシアが聞く。
ミレアが、小さく頷いた。
「うん。局長」
◆
その名前を聞いた瞬間。
廊下の空気が変わった気がした。
人の動く音。
短いやり取り。
でも、無駄がない。
◆
(……えらいひと、か)
まだ実感はない。
でも——
みんなの反応で分かる。
普通じゃない。
◆
部屋の扉が叩かれる。
「準備はできてるな」
調査員の声。
「……うん」
◆
廊下を歩く。
昨日より静かだった。
いや、違う。
みんな“静かにしている”。
そんな感じ。
◆
途中ですれ違う局員たちも、動きが早い。
でも慌ててはいない。
整っている。
◆
(……すごいな)
自然とそう思う。
誰も大声を出さない。
それでも、全部動いている。
◆
昨日の部屋の前で止まる。
「入れ」
短い声。
◆
中へ入る。
昨日と同じ部屋。
でも——
空気は全然違った。
◆
一人、座っている。
年齢は分からない。
若くも見えるし、年上にも見える。
黒い服。
装飾は少ない。
でも——
(……ちがう)
入った瞬間に分かる。
この人は、他と違う。
◆
目が合う。
一瞬。
それだけで——
見られている感じがした。
表面じゃない。
もっと奥まで。
◆
「その子か」
静かな声だった。
大きくない。
でも、部屋にちゃんと届く。
◆
「……エリシアです」
調査員が答える。
◆
その人——局長は、しばらくエリシアを見ていた。
何も言わず。
ただ静かに。
◆
(……なんだ)
怖いわけじゃない。
でも、落ち着かない。
隠せる気がしない。
◆
「こちらへ」
局長が言う。
短く。
でも、逆らえない感じがある。
◆
前へ行く。
小さな足音。
部屋が静かだから、少し響く。
◆
「手を」
昨日と同じ。
透明な板が置かれている。
◆
(……またか)
少しだけ息を吐く。
でも、ちゃんと手を伸ばす。
触れる。
◆
一瞬。
光が揺れる。
昨日より、強く。
◆
部屋の空気が止まる。
誰も動かない。
◆
そして——
透明だった板に、細い線が浮かび上がった。
黒ではない。
白でもない。
淡く揺れる、不思議な色。
◆
「……初めて見るな」
局長が、小さく呟く。
初めて。
その言葉に、周囲の空気が変わる。
◆
「属性反応が存在しない」
静かな声。
「だが、拒絶もしていない」
◆
(……ぞくせい?)
分からない言葉。
でも、誰かが驚いているのは分かる。
◆
「通常、人は何かしらに偏る」
局長の視線が、板へ向く。
「炎、水、風、土、光」
「あるいは、それ以外か」
◆
そこで少し止まる。
そして——
「だが、この子には“境界”がない」
◆
部屋が静かになる。
誰も、すぐには反応しない。
◆
(……きょうかい)
また知らない言葉。
でも——
なぜか、少しだけ引っかかった。
◆
「……局長」
調査員が口を開く。
「それは——」
「まだ断定はしない」
静かに遮られる。
でも、その声は強かった。
◆
局長が立ち上がる。
ゆっくりと、エリシアの前まで来る。
◆
「エリシア」
名前を呼ばれる。
顔を上げる。
◆
「君は、自分の力を知りたいか?」
◆
真っ直ぐな問いだった。
試すようでもなく。
誘うようでもない。
ただ、確認するみたいに。
◆
(……ちから)
少し考える。
見える理由。
触れられる理由。
戻せる理由。
◆
分からないままは——少し嫌だった。
◆
「……しりたい」
自然と、言葉が出る。
◆
局長が、小さく頷く。
「ならば学べ」
静かな声。
「君の力は、まだ形になっていない」
◆
その言葉は、不思議とすんなり入ってきた。
◆
「今日から、正式に保護対象とする」
局長が言う。
「同時に——観察対象でもある」
◆
(……かんさつ)
少しだけ嫌な言葉。
でも——
それ以上に。
◆
(……まなぶ)
そっちの方が、少し気になった。
◆
局長は、最後にもう一度だけ板を見る。
揺れる光。
淡い色。
普通じゃない反応。
◆
「……面白い」
小さく呟いた。
◆
その瞬間。
エリシアは初めて感じた。
◆
自分の中にある“何か”を。
まだ小さい。
形もない。
でも——
確かに、そこにあるものを。




