第19話「触れる理由」
その日の夜。
なかなか眠れなかった。
部屋は静かだ。
物音も少ない。
でも——
(……いる)
感じる。
遠く。
薄く。
黒い違和感。
◆
前みたいにはっきりじゃない。
でも、分かる。
どこかにいる。
動いている。
◆
布団の中で、小さく息を吐く。
(……なんなんだ、あれ)
何度も思う。
でも、答えは出ない。
◆
「……起きてる?」
小さな声。
横を見る。
ミレアだった。
同じ部屋。
少し離れたベッドの上から、こっちを見ている。
◆
「……うん」
「そっか」
短いやり取り。
でも、ミレアは少し安心したみたいだった。
◆
「……怖い?」
小さく聞かれる。
(……こわい)
そう思う。
でも——
「……ちょっと」
前より、ちゃんと言葉が出る。
◆
「私も、最初は怖かった」
ミレアがぽつりと言う。
「……みえたの?」
少し驚いて聞く。
ミレアは、ゆっくり首を振った。
「見えないよ」
「でも、感じる人はいるって聞いた」
◆
そこで少し止まる。
迷うみたいに。
◆
「……エリシアは、特別なんだと思う」
(……また、それか)
小さく思う。
特別。
普通じゃない。
最近、何度も聞く言葉。
◆
「……やだ?」
ミレアが聞く。
(……いや、か)
少し考える。
◆
前の自分なら。
きっと嫌だった。
周りと違うこと。
浮くこと。
見られること。
そういうのが、苦手だった。
◆
でも——
(……いまは)
「……わかんない」
正直に言う。
「でも……」
そこで少し止まる。
言葉を探す。
◆
「……みえるなら」
「……たすけられる、かも」
うまく言えない。
でも、気持ちは本当だった。
◆
ミレアが、少しだけ目を見開く。
それから——
「……うん」
小さく笑った。
◆
静かな時間が流れる。
窓の外では、風が揺れている。
◆
「ねえ」
ミレアが、また口を開く。
「局長、明日来るって」
(……きょくちょう)
知らない言葉。
でも——
なんとなく、偉い人。
◆
「えらいひと?」
「うん。すごく」
少しだけ真面目な顔で頷く。
◆
「エリシアのこと、直接見るって」
(……また、みられるのか)
小さく息を吐く。
最近、そればっかりだ。
◆
「……へんなの」
ぽつりと漏れる。
ミレアが少し笑う。
「うん。変」
◆
でも——
その空気は、悪くなかった。
笑われている感じじゃない。
一緒に思っている感じ。
◆
「……ねる?」
エリシアが聞く。
「……うん」
ミレアが頷く。
◆
部屋の灯りが落ちる。
静かになる。
◆
目を閉じる。
少しだけ、呼吸が落ち着く。
◆
前なら。
こんな場所、無理だったかもしれない。
知らない場所。
知らない人。
ずっと緊張していたと思う。
◆
でも——
(……へいき、だな)
不思議だった。
怖さはある。
分からないことも多い。
それでも——
ひとりじゃない。
それだけで、少し違った。
◆
薄れていく意識の中で、ふと思う。
どうして、自分だけ見えるのか。
どうして、触れられるのか。
◆
そして——
(……なんで、なおせるんだ)
あの時。
触れた時。
ただ消した感じじゃなかった。
◆
“戻した”
そんな感覚だった。
◆
そこまで考えて——
意識が、ゆっくり沈んでいく。
◆
静かな夜だった。
でも——
世界のどこかでは、まだ何かが動いている。
そんな気配だけが、微かに残っていた。




