第18話「静かな場所」
管理局での生活は、思っていたより静かだった。
人は多い。
でも、騒がしくない。
みんな、必要なことだけ話して動いている。
(……へんなかんじ)
村とは全然違う。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
◆
朝。
起きる時間は決まっている。
食事の時間も。
移動する時間も。
全部、ちゃんと決まっていた。
(……きまってるな)
最初は少し疲れた。
でも——
慣れるのは、早かった。
◆
「エリシア」
名前を呼ばれる。
振り向く。
ミレアだった。
「ごはん、行くって」
「……うん」
短く返す。
◆
一緒に歩く。
ミレアは、あまり喋らない。
必要以上に近づいてもこない。
でも——
ちゃんと隣にいる。
(……らくだな)
自然とそう思う。
ルナとは違う。
あっちは、もっと近い。
こっちは、静か。
でも——
どっちも嫌じゃない。
◆
食堂に入る。
朝より、人が多い。
でも、やっぱり静かだ。
話し声はある。
でも、大きくない。
◆
「ここ」
ミレアが席を指さす。
座る。
向かいに、ミレア。
少し横には、知らない大人たち。
誰も、無理に話しかけてこない。
(……みられてるけど)
視線は感じる。
でも、それだけ。
◆
「慣れた?」
突然、ミレアが聞いた。
少しだけ驚く。
でも——
「……ちょっと」
ちゃんと答える。
前より、言葉が出る。
◆
「そっか」
ミレアが小さく頷く。
それで終わり。
でも、変な感じはしない。
◆
食事を終えて、部屋へ戻る途中。
ふと、足が止まる。
(……ん?)
違和感。
小さい。
でも、確かにある。
◆
「……エリシア?」
ミレアが振り返る。
その声で、少し戻る。
「……あっち」
廊下の奥を指さす。
誰もいない。
でも——
(……いる)
薄い。
本当に少しだけ。
黒い“にじみ”みたいなもの。
◆
ミレアには見えていない。
でも、すぐに顔色が変わった。
「……また?」
小さな声。
「……うん」
◆
その瞬間だった。
「何を見た」
後ろから声。
振り向く。
昨日の調査員。
いつの間にか立っていた。
◆
「……あそこ」
指を向ける。
調査員の目が細くなる。
ゆっくり歩いていく。
そして——
何もない空間に、手を伸ばした。
◆
一瞬。
空気が揺れる。
黒いにじみが、ぶれる。
そのまま——消えた。
◆
「……やはり見えているか」
小さく呟く。
その顔は、昨日より少し真剣だった。
◆
「普通、支部の中までは入ってこない」
短く言う。
(……はいってきた)
つまり、それは。
前より近い、ということ。
◆
「ミレア」
「……はい」
「しばらく、エリシアから離れるな」
静かな命令。
ミレアが頷く。
迷いなく。
◆
(……なんで)
少しだけ引っかかる。
自分から離れるな。
それはつまり——
(……まきこまれる?)
自然と、そう考える。
◆
「だいじょぶ」
気づけば、口にしていた。
ミレアが、少し驚いた顔をする。
調査員も、一瞬だけ止まった。
◆
「……たぶん」
小さく付け足す。
自信はない。
でも——
不思議と、そう思った。
◆
調査員は、しばらくこちらを見ていた。
それから、小さく息を吐く。
「無茶はするな」
それだけ言って、歩き去っていく。
◆
静かになる。
でも——
さっきまでと同じ静けさじゃない。
(……ふえてる)
少しずつ。
確実に。
何かが近づいている。
そんな感じがした。
◆
「……部屋、戻ろ」
ミレアが言う。
「……うん」
短く頷く。
一緒に歩き出す。
◆
廊下を進みながら、ふと思う。
村の外へ出た。
管理局へ来た。
知らない世界に入った。
そして——
(……まだ、おわってない)
あの影は、ずっと続いている。
見えない場所で。
静かに。
でも、確実に。
◆
小さく息を吐く。
怖さは、まだある。
でも——
逃げたいとは、少し違った。
(……しりたい)
なぜ見えるのか。
なぜ触れられるのか。
なぜ、自分だけなのか。
分からないことは、多い。
でも——
その答えを、知りたいと思い始めていた。




