第2話 名前を呼ばれる
目を覚ます回数が、少しずつ増えてきた。
最初は、ただ光と音だった。
次に、温もり。
そして——声。
「エリシア」
何度も呼ばれる、その名前。
最初は、ただの音だった。
でも今は——
(……俺のこと、か)
そう思えるくらいには、ここでの生活に慣れてきていた。
呼ばれると、自然と意識が向く。
視線を動かす。
それだけで、相手が嬉しそうにする。
「ほら、また見てくれた」
「本当だな……分かってるみたいだ」
男の声と、女の声。
この二人が、自分の親だということも——なんとなく分かるようになってきた。
母セリナは、よく笑う人だ。
抱き上げるとき、少しだけ力が強い。
でも、その手はあたたかい。
父ガイルは、あまり喋らない。
けど、近くにいると分かる。
ずっと見ている。
言葉がなくても、伝わってくるものがあった。
(……なんでだろうな)
ふと、思う。
(こんなふうに、ちゃんと見られるの)
前は——どうだったか。
思い出そうとすると、少しだけ胸が重くなる。
はっきりとは思い出せない。
でも、感覚だけが残っている。
距離。
壁。
どこかで線を引いていた感じ。
(……まあ、いいか)
そこで思考を止める。
今は、それよりも——
目の前の方が、はっきりしている。
◆
体は、少しずつ動くようになってきた。
手を開く。
閉じる。
それだけで、時間がかかる。
(……面倒だな)
正直な感想だった。
でも、不思議と苛立ちは続かない。
前なら、もっとイライラしていた気がする。
できないことに、すぐ腹を立てていた。
(……変わったのか)
それとも——
(まだ、そこまで戻ってないだけか)
分からない。
ただ、今は。
少しずつできることを増やしていく。
それだけでいい、と思えていた。
◆
ある日。
母に抱かれて、外に出た。
風が当たる。
少し冷たい。
でも、嫌じゃない。
視界の先に、緑が広がる。
木。
土。
空。
そして、人。
「セリナさん、ご出産おめでとうございます」
「ありがとうございます。この子はエリシアです」
知らない人たちが、こちらを見る。
笑う人もいれば、ただ見ている人もいる。
その視線に、少しだけ引っかかる。
(……見られてるな)
当たり前のことなのに、少し気になる。
体が小さいからか。
それとも——
(前から、こういうの苦手だったか)
自然と視線を逸らす。
その瞬間、母の腕が少しだけ強くなる。
「大丈夫よ」
静かな声。
それだけで、少し力が抜けた。
◆
夜。
目が覚めることがある。
天井を見る。
暗い。
その時だけ——少し思い出す。
怒鳴ったこと。
殴ったこと。
どうでもいいことで、傷つけたこと。
(……最低だな)
小さく思う。
でも、声には出ない。
今の自分には、何もできない。
だから。
(……今度は)
ゆっくり考える。
(ちゃんとやるか)
何をどうするかは分からない。
でも——
同じことは、繰り返さない。
それだけは、決めていた。
小さな手を握る。
弱い。
何もできない手。
それでも——
確かに、ここにある。
——生きている。




