第16話「境界管理局」
人の流れを抜けて、少し歩いた先。
建物の前で、足が止まった。
(……でかい)
それが最初の感想だった。
周りの建物よりも高い。
広い。
無駄がない形。
飾りも少ない。
でも——
(……ちがうな)
なんとなく分かる。
ここは、ただの建物じゃない。
◆
入口の上に、見慣れない印があった。
丸い枠の中に、線が交差している。
意味は分からない。
でも——
「ここが支部だ」
調査員が言う。
(……しぶ)
新しい言葉。
でも、聞き返さない。
なんとなく、重要な場所だと分かるから。
◆
中に入る。
空気が変わる。
外より静か。
でも、人は多い。
歩く音。
紙の音。
短い会話。
全部が抑えられている。
(……さっきとちがう)
同じ“人が多い”でも、全然違う。
騒がしくない。
整っている感じ。
◆
すれ違う人たちが、こちらを見る。
ほんの一瞬だけ。
すぐに視線を戻す。
(……みてるな)
でも、村のときとは違う。
驚きでも、不安でもない。
“確認”している感じ。
◆
「通す」
調査員が短く言う。
入口近くにいた人が頷く。
それだけで、何も聞かれない。
(……すごいな)
言葉が少ない。
でも、通じている。
◆
奥へ進む。
廊下が続く。
扉がいくつもある。
全部同じに見える。
でも、微妙に違う。
(……わからん)
正直な感想だった。
◆
「ここだ」
止まる。
一つの扉の前。
調査員が開ける。
◆
中は、広くはない。
机と椅子。
それだけ。
でも、無駄がない。
(……なにもないな)
そう思ったとき——
「座れ」
言われる。
素直に座る。
◆
しばらくして、別の人が入ってきた。
年上。
さっきの人たちより、少しだけ空気が違う。
(……このひと)
なんとなく分かる。
立場が上。
そんな感じ。
◆
「報告は聞いた」
短く言う。
無駄がない。
「その子か」
視線が向く。
逃げない。
逸らさない。
じっと見る。
向こうも、同じだった。
◆
「名前は」
「……エリシア」
少しだけ間があった。
でも、言えた。
ちゃんと。
「年齢は」
「……さんさい」
少しだけ、言いにくい。
でも、出る。
その人は、小さく頷いた。
◆
「確認する」
それだけ言う。
部屋の空気が、少し変わる。
静かに、重くなる。
(……またか)
でも、逃げない。
もう分かっている。
これは——
(……ためされてる)
◆
机の上に、何かが置かれる。
透明な板。
少しだけ光っている。
(……なんだこれ)
見たことがない。
でも——
嫌な感じはしない。
◆
「手を乗せろ」
言われる。
少しだけ迷う。
でも——
ゆっくり手を伸ばす。
触れる。
ひんやりしている。
◆
その瞬間。
光が、揺れた。
弱く。
でも、確かに。
(……ん?)
さっきと違う。
影喰いのときとは違う。
でも——
何かが、反応している。
◆
「……やはりか」
小さな声。
その人が呟く。
少しだけ、目が細くなる。
「通常の反応ではない」
周りの空気が、また変わる。
(……またそれか)
“普通じゃない”
それは、もう何度も聞いている。
◆
「いいだろう」
その人が言う。
「この子は預かる」
はっきりと。
迷いなく。
◆
(……あずかる)
その言葉が、少しだけ重い。
でも——
拒否はしない。
もう決めている。
◆
「今日からここが、お前の場所だ」
静かに言われる。
短い言葉。
でも——
ちゃんと伝わる。
(……ここが)
見回す。
知らない場所。
知らない人たち。
でも——
ここから始まる。
◆
小さく息を吸う。
少しだけ、胸が動く。
怖さはある。
でも、それだけじゃない。
(……やるか)
それだけ思う。
そして——
エリシアは、その場所に座ったまま、
初めて“ここにいる”ことを受け入れた。




