第15話「人の多い場所」
しばらく歩いたあと。
景色が、少しずつ変わっていった。
木が減る。
道が広くなる。
人の気配が、増える。
(……なんか、いるな)
まだ見えていない。
でも、分かる。
前とは違う空気。
◆
やがて——
開けた場所に出た。
建物が並んでいる。
低いものから、高いものまで。
見たことのない形もある。
(……おおい)
人がいる。
たくさん。
村とは比べものにならない。
歩いている。
話している。
荷物を運んでいる。
全部が、同時に動いている。
◆
「ここで少し止まる」
調査員が言う。
足を止める。
でも、周りは止まらない。
人の流れが、ずっと動いている。
(……うるさいな)
声。
足音。
物音。
全部が重なる。
村にはなかった音。
◆
「はぐれるな」
短く言われる。
「……うん」
小さく答える。
自然と、少し近づく。
離れたら、分からなくなりそうだった。
◆
視線が、あちこちに向く。
服が違う。
持っているものも違う。
話している言葉も、少し違う。
(……ちがうな)
同じ人間。
でも、同じじゃない。
それが、はっきり分かる。
◆
「どうだ」
調査員が聞く。
「……おおい」
それしか出てこない。
正直な感想だった。
調査員は、わずかに口元を緩めた。
「ここはまだ少ない方だ」
(……これで?)
思わず周りを見る。
これで少ない。
じゃあ——
(……もっと、あるのか)
少しだけ、想像が追いつかない。
◆
ふと、足が止まる。
(……ん?)
違和感。
ほんの少しだけ。
空気が、重い場所がある。
人の流れの中に、混ざっている。
小さい。
でも、確かにある。
(……いる)
自然と視線が向く。
路地の奥。
人の影に隠れるように——
黒い、にじみ。
◆
「……あっち」
小さく言う。
調査員の視線が動く。
「どこだ」
「……あそこ」
指を向ける。
短く。
はっきりと。
調査員が、少しだけ目を細める。
「……本当か」
すぐに他の者へ合図する。
空気が変わる。
さっきまでの移動とは違う。
動きが鋭くなる。
◆
「ここで待て」
調査員が言う。
そのまま、数人が路地へ入っていく。
残された場所。
人は普通に動いている。
何も知らないまま。
(……しらないのか)
すぐ近くにあるのに。
気づいていない。
それが、少しだけ不思議だった。
◆
しばらくして。
空気が、わずかに揺れる。
でも、音はない。
叫びもない。
ただ——
違和感が、消える。
(……おわったか)
分かる。
あの感じが、なくなった。
◆
調査員たちが戻ってくる。
何もなかったような顔で。
でも、ほんの少しだけ空気が変わっている。
「……確認した」
短く言う。
それ以上は話さない。
でも、十分だった。
◆
「お前は、よく分かるな」
視線が向く。
さっきよりも、少しだけ強い。
「……なんとなく」
正直に言う。
本当に、それしかない。
理屈じゃない。
ただ、分かるだけ。
◆
再び歩き出す。
人の流れの中へ。
さっきよりも、少しだけ違って見える。
(……いるんだな)
見えないだけで。
気づいていないだけで。
すぐ近くにある。
それが——
この世界の一部だと、初めて実感した。
◆
前を見る。
道は続いている。
人も、増えていく。
音も、広がっていく。
知らないものが、まだたくさんある。
でも——
(……おもしろいな)
少しだけ、そう思った。
怖さは、消えていない。
でも、それだけじゃない。
知らないこと。
分からないこと。
それを、知っていく。
その感覚が——
少しだけ、悪くなかった。




