第14話「知らないもの」
歩く時間が、長くなってきた。
同じ道。
同じ景色。
でも——
(……すこし、なれたな)
最初より、足が動く。
息も、乱れにくい。
◆
「少し休む」
調査員が言った。
立ち止まる。
近くの木陰。
そこに座る。
足を伸ばすと、少しだけ楽になる。
(……つかれた)
正直に思う。
でも、嫌じゃない。
動いている感じがある。
◆
他の人たちは、水を飲んだり、周囲を見たりしている。
無駄な動きはない。
でも、止まっているわけでもない。
(……へんなかんじだな)
静かだけど、緩んでいない。
そんな空気だった。
◆
「……さっきのことだ」
調査員が、こちらを見る。
急に話が来る。
「影喰いを見て、どう感じた」
(……どう、か)
少しだけ考える。
言葉にするのは、難しい。
「……へん」
それしか出てこない。
調査員は、わずかに頷いた。
「そうだな」
否定しない。
そのまま続ける。
「影喰いは、この世界の歪みだ」
短い説明。
それ以上は言わない。
でも——
(……ゆがみ)
聞いたことのない言葉。
でも、なんとなく分かる。
“普通じゃないもの”
そういう意味だと。
◆
「普通の人間には、触れられない」
続ける。
「見えない場合もある」
(……じゃあ)
思う。
昨日のこと。
あの場にいた人たち。
「……なんで、みえた」
小さく聞く。
調査員は、少しだけ考えてから答えた。
「濃度が高ければ、誰でも感じる」
簡単な言葉。
「だが——触れられるのは別だ」
その視線が、こちらに向く。
まっすぐに。
(……やっぱりか)
分かっている。
普通じゃない。
それは、もう。
◆
「管理局の者は、訓練で触れられるようになる」
少しだけ、周りを見る。
他の人たち。
あの場にいた者たち。
「だが、お前は違う」
はっきり言う。
「最初から干渉している」
(……さいしょから)
自分の手を見る。
変わらない。
普通の手。
でも——
(……ちがう、のか)
◆
「理由は分からない」
調査員は言った。
「だから調べる」
それだけ。
無駄な言葉はない。
でも——
(……しらべる)
少しだけ、引っかかる。
怖い、というより——
分からない。
どうなるのか。
◆
「怖いか」
また聞かれる。
同じ言葉。
でも、さっきとは少し違う。
(……うーん)
少し考える。
正直な気持ちを探す。
「……わかんない」
そのまま言う。
嘘じゃない。
怖いとも違う。
安心でもない。
ただ——
分からない。
調査員は、少しだけ目を細めた。
「そうか」
それだけ言う。
◆
しばらく、何も話さない時間が続く。
風の音だけがある。
葉が揺れる。
遠くで、鳥の声。
(……さっきより、あるな)
ふと気づく。
音が戻っている。
昨日の場所とは違う。
ちゃんと、生きている感じがする。
◆
「行くぞ」
調査員が立ち上がる。
それに合わせて、みんなも動く。
自然と、体がついていく。
◆
また歩き出す。
同じ道。
でも、少しだけ違う。
(……すこし、わかった)
影喰い。
歪み。
触れるかどうか。
全部は分からない。
でも——
何も知らないわけじゃなくなった。
◆
前を見る。
道は、まだ続いている。
遠くまで。
その先に何があるのかは、分からない。
でも——
(……いくしかないか)
小さく思う。
足を動かす。
止まらない。
それだけで、今は十分だった。




