第13話「はじめての外」
朝は、思ったより静かだった。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ光。
でも——
(……ちがうな)
空気が、少しだけ違う。
もう決まっているからだ。
ここを出ることが。
◆
準備は、ほとんどなかった。
持っていくものも、少ない。
服と、少しの食べ物。
それと——
(……これ)
手の中の石。
ルナからもらったもの。
小さく握る。
それだけで、少しだけ落ち着く。
◆
家の外に出ると、すでに人が集まっていた。
多くはない。
でも、見慣れた顔ばかりだ。
誰も大きな声は出さない。
ただ、静かに見ている。
(……みてるな)
昨日と同じ。
でも、嫌な感じではない。
少しだけ、違う。
◆
「行くぞ」
調査員の声。
短く、それだけ。
振り返る。
父と母がいる。
すぐ近くに。
でも、手は伸ばさない。
昨日で、終わっている。
言葉は。
◆
「……エリシア」
母が呼ぶ。
顔を上げる。
「元気でね」
それだけ。
短い言葉。
でも——
全部入っている。
「……うん」
小さく頷く。
それ以上は言えない。
言わない方がいい気がした。
◆
父は、何も言わなかった。
ただ、こちらを見る。
少しだけ、目を細めて——
それだけで、十分だった。
(……わかる)
言葉にしなくても、伝わる。
そういう距離だった。
◆
歩き出す。
一歩。
もう一歩。
足は止まらない。
振り返らない。
振り返ったら——止まりそうだったから。
◆
村の端。
あの場所を、通り過ぎる。
(……ここか)
最初に違和感を感じた場所。
あの影が出た場所。
少しだけ、空気が重い気がする。
でも——
何も起きない。
そのまま、通り過ぎる。
◆
村の外に出る。
そこから先は——知らない景色だった。
道が続いている。
遠くまで。
見たことのない広さ。
(……ひろいな)
自然と、そう思った。
空も、広い。
風も、少し違う。
匂いも、違う。
全部が——少しずつ違う。
◆
「歩けるか」
調査員が聞く。
「……うん」
短く答える。
本当は、少し疲れている。
でも——
止まりたくない。
「無理はするな」
それだけ言う。
優しくはない。
でも、冷たくもない。
ただ事実だけを言う感じ。
(……このひと)
まだよく分からない。
でも、悪い感じはしなかった。
◆
しばらく歩く。
村の気配が、少しずつ遠くなる。
声も、音も、全部。
小さくなっていく。
(……ほんとに、でたな)
今さら、実感がくる。
もう戻れない。
さっきまでの場所には。
でも——
(……いいか)
小さく思う。
怖いのは、変わらない。
分からないことも、多い。
それでも——
足は、前に出ている。
◆
ふと、手を見る。
石を握っている。
小さい。
でも、確かにある。
(……ここにいる)
ルナの言葉を思い出す。
“待ってる”
それだけ。
でも、十分だった。
◆
前を見る。
道が続いている。
どこまで行くのかは分からない。
でも——
止まらない。
止まらないと、決めた。
小さく息を吸う。
少しだけ、胸が軽くなる。
(……いくか)
それだけ思う。
それで、十分だった。




