第12話「ここにいる約束」
その日の夜。
家の中は、いつもより静かだった。
誰も、すぐには口を開かない。
食事は並んでいる。
でも、手が進まない。
(……重いな)
分かっている。
昼の話。
あれが、全部を変えた。
◆
「……エリシア」
母が、先に口を開いた。
少しだけ迷ったように。
それでも、ちゃんとこちらを見る。
「あなたのこと、大切に思ってる」
ゆっくりとした言葉。
ひとつずつ、確かめるように。
「だから——守りたいの」
(……うん)
分かる。
言われなくても。
その気持ちは、ずっと感じていた。
「でもね」
そこで少しだけ、声が揺れる。
「ここにいたら……守りきれないかもしれない」
その一言が、重く落ちる。
◆
父は、すぐには口を開かなかった。
しばらく黙ってから——
「……選べ」
短く言った。
顔を上げる。
「ここに残るか」
「外へ行くか」
それだけ。
強制はしない。
でも——逃げ道もない。
(……選ぶのか)
少しだけ考える。
怖い。
分からない。
知らない場所。
知らない人間。
でも——
(……ここにいたら)
思い出す。
あの影。
あの違和感。
そして——
(……また来る)
確信があった。
あれは終わっていない。
ここにいれば、また起きる。
その時——
(……守れるか?)
答えは、出ている。
小さく息を吐く。
「……いかなきゃ……だれか、アレに……」
声は小さい。
でも、迷いはなかった。
◆
母の手が、わずかに震える。
でも、すぐに笑った。
無理にじゃない。
ちゃんとした笑顔で。
「……そっか」
それだけ言う。
それ以上は言わない。
言えないのかもしれない。
父も、静かに頷いた。
「……分かった」
それで終わりだった。
決まった。
◆
そのあと。
ルナに会いに行った。
場所は、いつものところ。
もう暗くなり始めている。
それでも——
いた。
最初から分かっていたみたいに。
「……ほんとに行くの?」
背中越しに言われる。
振り向く。
「……うん」
短く答える。
ルナは少しだけ黙る。
それから——
「そっか」
同じ言葉。
でも、さっきとは違う重さ。
◆
「ねえ」
ルナが近づいてくる。
いつもより、少しだけゆっくり。
「……すぐ帰ってくる?」
(……分からない)
本当は。
どれくらいかかるのか。
戻れるのか。
何も分からない。
でも——
「……かえる」
そう言った。
嘘じゃない。
そうするつもりだから。
ルナが、じっとこちらを見る。
少しだけ目が揺れる。
「……ほんと?」
「……ほんと」
短く返す。
少しの間。
何も言わない時間。
そして——
「じゃあ、待ってる」
ルナが言った。
迷いはなかった。
◆
「これ、あげる」
小さなものを差し出される。
手のひらに乗るくらいの、石。
少しだけ丸い。
「前に見つけたやつ」
覚えている。
あのときの花と一緒に持っていたものだ。
「お守り」
そう言って、笑った。
(……そっか)
ゆっくり受け取る。
小さな手で、しっかり握る。
「……ありがと」
少しだけ、言葉が出た。
前より、自然に。
ルナが、少しだけ驚いた顔をして——
すぐに笑った。
「うん」
◆
風が吹く。
少しだけ冷たい。
でも、嫌じゃない。
「エリシア」
ルナが呼ぶ。
「ちゃんと戻ってきてね」
その声は、少しだけ強かった。
「……うん」
頷く。
短く。
でも、ちゃんと。
それだけで——
十分だった。
◆
帰る道。
手の中の石を、もう一度握る。
小さい。
でも、確かにある。
(……ここにいる)
ふと、思う。
この場所。
この時間。
この関係。
全部——消えるわけじゃない。
離れるだけだ。
だから——
(……戻る)
小さく決める。
誰に言うわけでもなく。
自分の中で。
静かに。
でも、はっきりと。
そう決めた。




