第11話「確かめるもの」
集まった人たちの視線が、まだ残っている。
その中で——
「中で話そう」
調査員が言った。
短く、それだけ。
村の中心にある建物へと移動することになった。
◆
部屋の中は、静かだった。
外のざわつきが嘘みたいに、音がない。
いるのは——
調査員と、その仲間。
父と、数人の大人。
そして、エリシア。
(……多いな)
小さく思う。
見られている。
さっきよりも、近くで。
「座っていい」
調査員が言う。
指で示された場所に、ゆっくり座る。
体はもう動く。
でも、少しだけ力が入る。
◆
「まず確認する」
調査員が口を開く。
「昨日と同じものが出た場合——お前は触れられるか」
(……いきなりだな)
回りくどさはない。
まっすぐ来る。
「……さわれる」
小さく答える。
完全に自信があるわけじゃない。
でも、あの感覚は覚えている。
調査員は、わずかに頷いた。
「では、今から試す」
(……やるのか)
空気が、少しだけ張る。
周りの大人たちも、何も言わない。
ただ見ている。
◆
調査員が、懐から小さな石を取り出した。
黒い。
ただの石に見える。
でも——
(……なんだ、これ)
少しだけ、嫌な感じがする。
「歪みの残滓だ」
短く説明する。
「完全な個体ではない。だが、反応は出る」
そのまま、地面に置く。
しばらく、何も起きない。
静かなまま——
次の瞬間。
空気が、わずかに揺れた。
(……来る)
分かる。
昨日と同じ。
いや、もっと弱い。
でも確かに——
そこにある。
黒い、にじみのようなものが浮かび上がる。
「……出たな」
誰かが呟く。
その場の空気が、一気に固まる。
◆
「行けるか」
調査員の声。
短い。
逃げ道はない。
(……やるしかないか)
ゆっくり立ち上がる。
足は動く。
震えてはいない。
でも——
(……やっぱり、気持ち悪いな)
目の前のそれを見る。
形が定まらない。
でも、そこに“いる”。
手を伸ばす。
少しだけ、止まる。
(……こわい)
正直な気持ちだった。
でも——
(……やる)
指先が触れる。
冷たい。
でも、それだけじゃない。
(……これだ)
意識する。
流れ。
広がる感覚。
昨日と同じ。
でも今は、少しだけ分かる。
(……こう、か)
押し出す。
整えるように。
触れた部分から、じわりと広がる。
黒いにじみが、揺れる。
「……変化してる」
誰かの声。
関係ない。
そのまま続ける。
(……消えろ)
強く思う。
次の瞬間。
にじみが、崩れた。
音もなく。
そのまま——消えた。
◆
静かになる。
さっきまであった気配が、完全に消えている。
誰も、すぐには動かない。
ただ——
全員の視線が、エリシアに向いていた。
(……またこれか)
慣れない。
でも、目は逸らさない。
◆
「……確認した」
調査員が言う。
その声は、さっきまでより少しだけ低い。
「間違いない」
短く区切る。
そして——
「お前は、“干渉できる側”だ」
(……また、それか)
意味は分からない。
でも、普通じゃないということは分かる。
調査員は少しだけ考えるように間を置いてから——
「このまま村に置いておくのは危険だ」
はっきり言った。
◆
「……危険、だと?」
父の声。
低い。
感情が少しだけ混じる。
「本人にとっても、周囲にとってもだ」
調査員は迷わない。
「力の制御ができていない」
「影喰いを引き寄せる可能性もある」
(……引き寄せる?)
その言葉に、少しだけ引っかかる。
でも、考える前に——
「では、どうする」
父が問う。
短く。
鋭く。
調査員は、まっすぐ答えた。
「管理局で保護する」
その一言で、空気が変わる。
◆
静かになる。
さっきまでとは違う重さ。
逃げられない話。
(……外、か)
頭の奥で思う。
ここじゃない場所。
知らない場所。
でも——
避けられない。
そんな気がした。
父を見る。
母を見る。
何も言わない。
でも、分かる。
簡単じゃない。
それでも——
(……やるしかないか)
小さく息を吐く。
怖い。
分からない。
でも——
目を逸らさない。
調査員を見る。
まっすぐに。
その視線を受け止める。
もう、昨日までとは違う。
そう思った。




