第二百三十話 物語において意味のないシーンなどない
そういえばこの小娘は何をしに来たのか。
気になったので、仲裁もかねて湾内さんに話しかけると、彼女はハッとした様子で俺に視線を戻した。
「あ、そうだった。あんたに文句があるんだった!」
「文句とは」
「お昼休みのことよっ。あ、あたしを囮にして自分だけ助かったでしょ!?」
……あー。
そういえばそうだった。
あの直後は真田が湾内さんに説教していたので、その隙に俺と最上さんは逃げたんだよなぁ。
その時に言えなかった文句を言いたいらしい。
「文句があるだけなら、どうしてわざわざここにいるのでしょうか。さやとお兄さまの憩いの場に来ないでほしいのですが」
「ついでに後をつけて弱みを探してたのよ。なんか人に言えないようなことをしてないかなぁってストーカーしてたら、ここに入って出てこなくなっちゃったから、仕方なくあたしも入店したわけ」
ストーカーはやめてくれ。
いくら尾行したところで、人に言えないようなことはしないぞ。
「前にストーカーしたときはラーメン店をはしごしてて、さすがにドン引きしたわ。こいつ正気かって」
「別に悪いことではないだろ」
「お兄さま……健康には気を付けてください」
ぐぬぬ。さやちゃんもちょっと引いていた。
あ、あの時は仕方なかったんだ! お腹が空いてて……いや、俺のことはいいんだよ。
「つまり俺が謝れば気がすむんだな? はいはい、ごめんごめん。悪かったから許してくれ」
「さすがお兄さまです。素直に謝れることができるなんて素敵ですね。そういうことなので、湾内美鈴さん。さようなら」
「――帰らないからね!? いくらあんたたちに迷惑そうにされても、あたしは知りませーんw てか、なんかさやが珍しく落ち込んでるから、むしろその顔を肴におやつでも食べようかなーって」
ちっ。帰らないのなら、謝って損した。
湾内さんはまるで新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに、さやちゃんを見てニタニタと笑っている。
「ねぇねぇ、何があったん? さやがしょんぼりするなんて、すごいことがあったんでしょー? 教えてよーっ」
「……君なら知ってるだろ。ストーカーが趣味なんだから」
この無駄に情報通の小娘が知らないわけないだろう。
それに、昼休みに真田と最上さんのやり取りを俺と一緒に盗み聞きしていたはずなので、あの一件から何があったのかも容易に想像できているはずだ。
「うん! 知ってるけど、さやの口から聞きたいじゃん? 『反抗期で家出したら周囲の皆さんに迷惑をかけちゃってごめんなさいぴえんぴえーん』ってw」
「…………まないた」
「あんたもそうでしょうが!!」
「さやの母親は巨乳です。つまり、遺伝子的には勝ってます」
「ぐぎぎっ。あ、あたしのママは、貧乳だけどっ……悟! 今から揉んで大きくして!!」
「俺を巻き込むな。あと、さやちゃんの前でそういうネタは控えめにしてくれ」
「お兄さまの言う通りです。さやは規制で守られている存在なので、下品なのはやめてください」
「ちっ。これだから真正ロリはダメなのよ。そこにいるだけで表現の幅が狭まるのよね~」
湾内さんは相変わらずだ。彼女はどうやら子供にも容赦しないタイプらしい。
年下が相手だろうと忖度せず直接的な物言いをしている。まぁ、さやちゃんも負けじと言い返しているので一応は互角か。
……これが大人げないと言えるほど、湾内さんが成熟した人間なら、俺はちゃんと制止には入れるのだが。
(うーん。判断が難しいな)
何せ湾内美鈴はガキである。
内面がさやちゃんと同じくらいしかないので、喧嘩がシリアスにならない。
子供の喧嘩に大人が仲裁に入るのはタイミングが難しいということだ。
「やっぱりわたしはあなたが嫌いです。苦手とかじゃなくて、ちゃんと嫌いです。例のあの人とは違う意味で嫌悪感があります」
「あたしも嫌いだから一緒じゃん。たまたま才賀の妹ってだけで甘やかされてるクソガキのくせに」
「はぁ……あの人間の前ではさやに媚びる癖に、よくもまぁそうやって態度を変えられますね」
「だって、才賀ってきもきもシスコンだから、あんたに媚びないとダメなのよ。そうしないと、あのきもきもお兄ちゃんが不機嫌になるから」
真田が気持ち悪いタイプのシスコンであることは共通認識なんだな。
その点では二人の意見は合致しているようだ。
「あ、そうだ! さや、こうしない? 才賀の前でだけあたしのことを『お姉ちゃん』って呼びなさいよ。そうすればあたしはあんたにかかわらない。これでどう?」
「却下です。条件として提示するまでもなく、さやはあなたを姉と呼びませんし、かかわることもしません」
「ふーん。あっそ……じゃあ、こうしない? ――ミスコンで風子が勝ったら、あたしを姉と認めてよ」
おや?
てっきり、いつものように場を茶化しに来ただけかと思ったのだが。
急に『ミスコン』というワードが出てきたことで、流れが変わった気がした。
(……もしかして、最初からその話をするためだったのか?)
今、ミスコンはまったく関係のないワードだったはず。
何の脈絡もなく、前触れもないその単語は、まるで最初から用意されていたかのようでさえあった。
(なるほど。そういう進行か)
その一言で、俺は全て察した。
これは単なるコメディのワンシーンではない。
物語の進行に必要なイベントだったらしい――
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m




