第二百二十七話 ニヤニヤしてよっ
――十月末。
学校祭まで残り三週間を切った。そろそろ、本格的な準備を開始する時期でもある。
各クラスで行う出し物についてもそうだが……俺たちに限定すれば、あのイベントに向けての対策と準備が、何よりも優先されるべきだろう。
「サトキン。私の目を見て」
「分かった」
「目、合ってるね」
「うん」
「照れてそらすなんてしないでね?」
「もちろん」
夕暮れの河川敷で、氷室さんに言われた通り目を合わせる。
綺麗なルビー色の瞳には、地味顔の冴えない男子高校生がいた。まぁ、俺なんだが。
まるで鏡……というか、そういえばこんなに間近で女子の目を見るのは初めてだなぁ、なんてぼんやり考えていたら、氷室さんがなんかムスッとしていた。
「――ニヤニヤしなさいよ」
「え。ごめん」
「謝らないでよ!」
「……どうしろと」
さっきからずっと言われた通りに従っているのに、理不尽すぎないか。
どうやら氷室さんは俺の反応が気に入らないらしい。
「謝られたら余計に惨めになるでしょっ……なんでこんなに美少女と目が合って照れないの? クラスの男子ならちょっと目が合っただけで顔を真っ赤にするのに?」
「だから、ごめんって」
自分で自分のことを美少女と呼称するのはどうなんだろう。
たしかに氷室さんは綺麗だと思うが、自分で言うと魅力が半減する気がした。
だから俺は、彼女と目を合わせても全く照れないのだろうか。
「うぅ。まったく手ごたえがない……いつになったらサトキンをニヤケさせることができるのかなぁ」
そう。今はミスコンに向けて、氷室さんを特訓している最中である。
『佐藤悟をニヤけさせろ』
うちの陣営の顧問となっている鬼教官のさやちゃんが指定した課題なのだが、氷室さんは未だにそれをクリアできずにいた。特訓を開始してからもう一週間くらい経つのだが、一向にうまくいく気配がない。
もちろん、俺も申し訳なく思っている。
別に意地を張っているわけじゃないので、限りなく協力的に氷室さんにデレデレしようと思っているのだが、何をされても心が全く動かないから不思議だった。
「お兄さまは強敵ですからね……例のあの宇宙人と比較したら雲泥の差です。月とスッポンさんくらい差があって、鳥さんと芋虫さんくらいの高低差があると言って過言ではないでしょう。それくらい、お兄さまは難攻不落です」
隣で特訓を見守っていたさやちゃんも、氷室さんの奮闘は評価しているのか。以前までは手厳しい発言が多かったが、今はフォローに回っていた。
とはいえ……まぁ、この子の変化については、別に氷室さんに同情したというわけではないか。
「……さ、さーちゃんが優しすぎて、ちょっと怖い」
塩対応に慣れている氷室さんが、さやちゃんの擁護めいた言動にちょっと恐怖心を抱いている。
もちろんその発言はさやちゃんも耳にしているのだが。
「怖いのも無理はありません。さやが悪いです。ごめんなさい」
彼女はシュンとしていた。
氷室さんに対して、申し訳なさそうにしょんぼりとしている。
そうなんだよなぁ……この特訓が上手くいっていないのは、氷室さんだけが原因というわけではないだろう。
さやちゃんの家出事件以降、ずっとこの調子なのだ。
以前までは氷室さんに対しても厳しい指導が多かったのに、今はどこか遠慮がちというか、ずっと申し訳なさそうだった。
「わー! 今のなしっ。サトキンに謝られても何も思わないけど、さーちゃんに謝られたら心が痛くなるからダメ!」
氷室さんもやりにくそうだ。
普段から冷たくされるのが当たり前すぎて、大人しいさやちゃんに対応する方法が分からないらしい。
「も、もっと厳しくしてもいいんだよ? 私は全然平気だからね? むしろ、優しすぎると逆にやりにくいというかっ」
「……ごめんなさい。さやのせいで」
「だ、だから、違くて! うぅ……サトキン、なんとかしてよ!!」
子供がしょんぼりしていると、年上の人間は心が痛くなるわけで。
氷室さんは助けを求めるように俺を見ていた。
分かっている。そろそろ、さやちゃんのメンタルを立て直した方がいいことは。
もちろん、ここ数日は彼女の調子が戻るように手を施したつもりでもある。
だが、それがあまりうまくいっていない。
(氷室さんと真田が喧嘩したことを、未だに引きずってるな……)
家出事件の際、氷室さんが身を挺してさやちゃんを守った。
そのことで、どうやら彼女は罪悪感を覚えているようだ――。
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