幕間その7 個人用、保存用、鑑賞用、布教用
さて。自分の書いたサイン色紙も、書店に入荷された新刊も見ることができた。
そろそろ次の書店に移動しても良い頃合いである。
だが、彼女はその場をうろうろするばかりで、なかなかお店から出ようとしなかった。
(ま、待ってたら、誰か買ってくれたり……!?)
ちなみにこれは一巻の時も試みたことだった。
ただ、あの時は一時間くらい待ったものの、新刊発売日だというのに誰も手に取ってくれず、しょんぼりしながら帰宅したのだが。
今日は、違った。
待つこと十分くらいだろうか。
新刊コーナーから少し離れた場所で、本を探しているふりをしながらうろうろしていた時のこと。
(あれ? さ、サラリーマンだ……! 野生のサラリーマンだっ)
一人の男性が現れた。
夏だというのに長袖のワイシャツを着ており、ネクタイを鬱陶しそうに緩めている。服装から、恐らく彼は会社員だとねこねこは予想した。
(お昼休みかな? お、お疲れ様ですっ)
引きこもりのねこねこにとって、社会人とは尊敬の対象でしかない。心の中でなぜか畏まりながら見守っていると、彼は……ねこねこのサイン色紙の前で、ピタリと足を止めた。
(もしかしてっ)
期待に胸が高鳴る。
本を手に取ってくれるかもしれないと、ドキドキしていたら、彼はスッとビジネスバッグからスマホを取り出して――
『カシャッ』
写真を撮っていた。
ねこねこのサインを、撮影していたのだ。
(……きょ、恐縮です!)
内心で意味もなく恐れ入るねこねこ。
心はふわふわしていた。自分のサインを見て喜んでくれる人がいることに、すごく高揚していた。
これが見られただけで、彼女はとても充実していたのだが。
『カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!!』
連続のシャッター音が店内に響き渡る。
何事かと思って再びサラリーマンを見てみると、彼はまだ撮影を続けていた。
(これって……連射モードでは?)
どうやら、普通の読者……というよりは、火力の強いファンらしい。
サラリーマンの男性は無表情なのに、すごく画角に拘っている。アップしたり、接写したりしていて、ちょっと危ない匂いがした。
それに店員も気付いたのだろう。近くに寄ってきたが、彼は店員を察知するや否や、ニッコリとスマイルを浮かべた。
「あ。すみません、ちょっと記念撮影をしていて……もしかして、ダメだったりしますか?」
爽やかだった。清々しいほどのビジネススマイルである。
丁寧な態度は、店員の警戒心を緩めたのだろう。店員は『いえ。音だけ気を付けてくださいね』と穏やかに言ってから去っていった。
(社会人だ……これが社会人なんだっ)
社会不適合者のねこねこは震えた。
コミュニケーションをとることによって自らに危険性がないことを伝えたのだろう。もしねこねこがサラリーマンの立場にいたら、挙動不審になって今頃警察を呼ばれていたかもしれない――と、被害妄想をしていると、男性がようやく新刊を手に取った。
(うぅ……あ、ありがとうございますっ)
内心で感謝の念を送る。少し様子はおかしいが、やっぱりファンだったんだと実感して、嬉しくなる。
これが見たくて書店をうろうろしていたのだ。もう満足だなと彼女は思って、帰ろうとしたのだが。
(……え。よ、四冊は多くないですか!?)
男性は四冊手に取って、それから五冊目も手に取って掲げていた。
まるで、もう一冊買おうかどうか迷うかのような態度に、流石にねこねこは反応してしまった。
「あっ」
「ん? ……ああ、すみません」
声が聞こえたのだろう。男性はこちらを見て、それからなぜか謝ってきた。
「どうぞ」
彼はどうやら、ねこねこを自分の同志だと思ったらしい。
彼女が新作を手に取りやすいように、一歩横にずれてくれた。
「ど、どうも」
ぺこぺこと頭を下げながらも、思わずそちらに歩み寄る。
ただ、すでに一冊持ってるわけで……そのことに、サラリーマンの男性も気付いたようだ。
「あれ。二冊目……もしかして布教用ですか?」
「ふ、ふきょー?」
「あ。それとも観賞用ですか?」
「か、かんしょー?」
何を言っているのだと、思わずキョトンとするねこねこ。
そんな彼女に、サラリーマンの男性は心からの笑顔で――四冊掲げた。
「俺もなんですよ。個人用、保存用、布教用、鑑賞用の四冊は買うと決めているんです。あと一冊買おうかなと考えているんですが、何か理由が思いつかなくて……うーん、何用にすれば買う言い訳にできるんですかね」
オタク系コンテンツでは時折聞く買い方だが。
まさか自分の作品でそれを実行している者がいることに、ねこねこはちょっとびっくりしていた――。
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